5-31

小言のように説教をされたことや、
飲み過ぎだとたしなめられたこと、
おにぎりは好きなのに梅干しだと食べないとか、
行列に並ぶのが嫌いなこととか。


「忘れねえ。だからお前も覚えてろ。」


いつかローに言われた言葉をなんとなく思い出した。

あれは、なんていうか
色々からかわれたり、大人のキスをされたりとか
そういうあれだったんだけど

でも、



忘れろって言われても
やっぱり無理だったかも。

考えようとしていないのに
勝手に色々思い出してしまう。

全ての思考が、ローや皆に繋がってしまう。




まだ色々食の拘りについて話しているベガス聖は、いい人だ。
栄養失調のせいか少しだけふらついたけど
久しぶりに水風船戦争は
楽しかった。

きっと、これから一緒に過ごすうちに
私はベガス聖のことも好きになれそうな気がする。

人体実験をされるとか、非道な扱いを受けるとか
そういうことを想像していたから
これは大分ラッキーなんだと思う。

それなのに。






やっぱり私は、皆に会いたいや。
ねえ皆。
今、どうしてる?












「こんなものから酒ができるのかえ?」
「そうだよ。最初は酵母を仕込まないといけないの。」

昨晩頼んでおいた材料は今朝には全部揃っていて
朝食後、酒の作り方を知りたいというベガス聖は酵母の仕込みをする私の周りをうろちょろしていた。

ベガス聖は、朝食も紅茶しか飲まない私を大層心配してくれていたけど
食べた方がきっと心配をかける結果になる。

ポタージュスープでダメだったのに
ふわふわのスクランブルエッグやベーコン、バターたっぷりのパンなんて食べたら一発アウトだ。

「りんごがこんなに不思議な果物だとは知らなかったえ。」
「りんごじゃなくても出来るよ。ただ、私の拘りかな。他の酵母だとお酒にしたときに少し風味が混ざっちゃうのが嫌で。」

ほおと頷きながら水に浸ったりんごをまじまじと見つめるベガス聖。
本当に、子供みたいだなとその様子を眺めながら私はりんごの端をカットして口に放り込んだ。

「ベガス聖。お砂糖追加で貰えるかな?少し糖度が低いみたい。」
「普通ので良いかえ?」

砂糖と言われて、その種類を聞いてくるとは
彼は本当に食に興味があるんだなと感心してしまう。

三温糖があるようなので、それを頼むとベガス聖はすぐお付きの人に用意させた。

「よし。後はこのくらいの気温だと4、5日で酵母はできると思うから、それまでは作業はほとんどなし。」
「そんなにかかるのかえ?」

酒作りも大変だえ、と肩をすくめるベガス聖。
すぐに飲めると思っていたのだろうか。
申し訳ないがシードルが出来るまでには早くても20日間といった所だろうか。

「ウイはどうして酒を作り始めたんだえ?」
「好きだったのと、後はどうやって出来てるんだろうって気になったからかなー。」

作業が終わり、ソファーでくつろいでいるといつの間にかテーブルには紅茶と
アフタヌーンティーセットが運ばれてきた。
まだ午前なのに。

サンドイッチや生菓子、焼き菓子が上品に盛り付けられたそれに、朝食からさして時間もたっていないのにベガス聖が手を伸ばす。

「こういう焼き菓子とかも作ってるよ。後は服とか。紅茶とかジャムとかも。」
「ウイは何でもできるんだえ。魔法使いみたいだえ。」

魔法使い。
自分にとっては工程通りに作っているだけなのだが
それを知らない人から見ればそう見えるものなのだろうか。

「ウイの焼き菓子と紅茶とジャムも食べてみたいえ。」
「気に入って貰えたら良いけど。」
「ウイが作ってくれるなら多少まずくても食べるえ。」

まずくはないと思うが、ベガス聖の好みにクリーンヒットするかは分からない。
でも、それでも食べてくれるらしい。
なんだか嬉しいんだか貶されたんだか分からないけど、まあ喜んでおこう。

「今回はいつも通りに作るけど、私航海の途中で本格的な酒造をしている人から色々アドバイスを貰ってて。」
「ウイに上から物を言うとは何奴だえ?」
「友達だよ。でも本当にもっと良くなりそうなの。だから、それも出来上がったら飲んでみてね?」

ディゼルに聞いた温度や時間の管理方法で作ったシードルは、彼の酒のように洗練された物に仕上がるだろうか。
辛口の審査員のお眼鏡に叶うと良いんだけど。



「ウイは、本当は海に戻りたいかえ?」

「え?」


聞き間違いだろうか。
ベガス聖は少し唇を尖らせて、視線をよそに向けている。
今、ベガス聖は、海に戻りたいかと
私にそう言ったのか?

「私も言いたくないことだえ。これが最後だえ。もう言わないえ。」

私はベガス聖の言葉を聞き逃さないように、彼の顔を見つめていた。

「ウイは海に戻って、色んな食材や色んな製法を学びながら、酒作りをしたいかえ。」
「え、良いの?」

ついうっかり本音を口にしてしまうと、その言葉を聞いたベガス聖がキッとこちらを睨んだ。
なんとなく、ごめんと謝ると
ベガス聖は悔しそうに顔を歪めた。

「海兵に聞いたえ。お前ここに来る途中、なにも食べないでストライキ起こしてたらしいえ。」
「ストライキっていうか、まあ、うん。ごめん。」

端から見ればあれはストライキか。
うん。確かにその通りだ。

「私の元で酒をつくるように聞かされて、食事をしようと頑張ったらしいが食べたものを吐いたらしいえ?」
「あ、うん。まあ、そうだね。」

ロイか。ロイに聞いたのか。
乙女のゲロ事情を簡単に人に話すとは中々デリカシーがない。

「ウイは、友人達の所へ戻れば、ちゃんと食事を食べるかえ?」
「!!」

やっぱりこの人は
私を皆の所へ返してくれようとしているみたいだ。

「ウイは、面白いえ。一緒に居ると、ぽかぽかするえ。」
「ありがとう。」

10億ベリーも払ってわざわざ私を呼び寄せて
私のことを気に入ってくれて
私のために、この人は私を手放そうとしてくれている。

「たまには会いに来てくれるかえ?あと酒も送って欲しいえ。あのリンゴの酒も、他の酒も。紅茶とジャムも欲しいえ。」

天竜人だからと、偏見の目で見ていたのが申し訳ない。

「だから、ちゃんと食べて元気になるえ。お前、たまに悲しそうな顔するえ。ウイは笑ってる顔の方が似合うえ。」

拐われたはずなのに
皆と引き離されたはずなのに
悪いのはこの人のワガママなはずなのに

なんだかとても申し訳ない。

私は、ベガス聖に向き直り深々と頭を下げた。

「ありがとう。本当に、ありがとう。そしてごめんなさい。」

「私は旨い物を食べたり飲んだりしたいだけだえ。ここにいるより、世界で色々勉強した方がウイの酒が旨くなると思っただけだえ。」
「やめてよ。私、優しい人に弱いんだから。本当にありがとう。」

ベガス聖は、頬を人差し指でぽりぽり掻きながら、私の頭を撫でてくれた。


絶対に、今よりもっと美味しいお酒をこの人に届けよう。
そして、ちゃんと元気になって、必ずこの人に会いに来よう。

ベガス聖の気持ちが嬉しくて、
私はサンドイッチに手を伸ばしてそれを食べた。

ローがパンが嫌いだというせいで
久しぶりに食べたパン。
パンそのものから強い小麦の風味がする。
流石、美食家だ。
卵とマヨネーズ、マスタードの風味の聞いたそれは
とても美味しかった。

「うっ。」
「ウイ!!?ここでゲロは許さんえ!!トイレ!!トイレに行くえ!!」

やはり急に油やたんぱく質は無理だったようで
せっかくの美味しいサンドイッチを全部、戻してしまった。

戻したせいで、涙がでる。
そのせいだけかな。




















また皆に会える。






私は胃のなかの物を出しきって涙を拭うと、洗面所で口を濯いで部屋に戻った。

「大丈夫かえ?」

心配そうに顔を覗きこむベガス聖に、笑顔で頷いて答えた。

「ウイが海で危ない目に合わないように、実はもう手を回しておいたえ。」
「え?」
「後で確認すると良いえ。私からのプレゼントだえ。」

ニコニコと笑うベガス聖。
プレゼント?一体なんだろう。







私はその日のうちにマリージョアから送り出されることになり
仕込んだばかりの酵母と、金色に輝くでんでんむしを持たされた。

「ではベガス聖!!ロレイシル・ウイを責任を持って、下界までお連れします!!」

ロイがベガス聖にそう宣言すると、ベガス聖は眉を下げたまま、笑顔でこちらに手をふってくれた。
それに私も答えて、船に乗り込んだ。

「良かったね。」

船が出航した後、船室に入り扉をしめると
ロイがそう言って優しく笑った。

きっと彼が、ベガス聖に上手く言ってくれたんだろう。



私を自由の身に戻してくれたのはベガス聖で、
また皆に会えるのは、ベガス聖の御慈悲と優しさのおかげ。
いい人なんだとは思うけれど
ロイは、この人は皆を傷付けた。


「ありがとう。」

私はそれだけ言うとロイから目を逸らした。

彼が、ベガス聖に伝える内容や話し方によっては
私はまだあそこにいたかもしれない。

だから、そこだけ。
それだけは、ありがとう。

「ウイがお礼言った!!」

いぇーいと笑顔で喜ぶロイ。
私だってお礼くらい言うわと思いつつ、大袈裟過ぎる程に喜ぶ彼の様子にふと頬が弛む。

「わ、笑った!!ウイが笑った!!」

さっきから人の行動一つでこんなに大喜びするこの人はなんなんだろう。
クララが立った!!的な喜びをするロイは
童話の中のハイジのそれそのものだ。

いつまでも扉の前で喜びを噛み締めているロイを眺めていると、
急に
船室の景色がぐにゃりと歪んだ。

「っ……!」

どこが上でどこが下なのか、
まっすぐの筈の線がぐるぐると渦を巻いている。



「ウイ?……ウイ!!」

気が抜けたのか
そろそろ栄養失調の度合いがまずいことになったのか
私はその場に倒れてしまったようだ。

仰向けに倒れている筈なのに
未だにまだ目が回るような感覚が収まらない。

ぐにゃぐにゃ歪む景色は周りから黒い霧でもかかったかのように
見える範囲を狭めていく。

行き先を
ちゃんと伝えなきゃ。

彼らが行きそうな場所には、一つしか検討がつかない。

「ウォーター、セブン……。」
「は?行き先か?ウォーターセブンだな!分かった!!」

ロイの声が聞こえたのを確認して、私の意識はそこで途切れた。












「キャプテン!!キャプテンキャプテン!!!」
「起きろキャプテン!!」
「早く!!これ見てみろよ!!」

昨晩の見張り明けで部屋で仮眠を取っていると
騒々しく騒ぐクルー達が部屋になだれ込んできた。

「っるせーな。なんだ。」

眠りについたばかりで起こされたせいで
少し頭が痛む。
この騒々しさが更に頭痛に拍車をかけた。

ベポが握りしめているのはカモメ新聞。
何かウイの情報に進展かと思い、それを素早く引ったくって中身を確認した。



destruct at reality.