「心配した。」
しばらくそのままローに抱き締められていたんだけど
ぽつりと、ローがそう呟いた。
「ごめん、ね。」
私も心配だったけど、あんな別れ方をして優しい皆が私を心配しない訳がない。
離れている時は、もう私のことなんて忘れてしまったかもと思ったけれど
そんなはず、なかった。
そんなわけ、なかった。
「何て言ったら良いか分からねえ。」
「え?」
ローがこういう言葉を口にするのは
何て言うか、意外だ。
ローはいつだって話すことをまとめてから口に出す。
こういう曖昧な物言いをするローを、初めて見た。
「本当は怒鳴り付けてぇ。何やってんだって、あんだけ言っただろって。」
怒られるのも、分かってた。
また会えたなら、きっと一番最初にお説教だって
分かってた。
「死なせたくなくて、危ねえ目に合わせたくなくて、あれだけ言ったのに。お前にその言葉は届いてなかったんだな。」
そういう訳ではないけれど
そういう言い方をされると、申し訳ないというか後ろめたい。
「でも、お前にまた助けられた。お前が居なければ、俺もアイツらも、あそこで死んでた。」
ローが、こんな弱気な発言をするなんて本当に珍しい。
どうやら思っていた以上に、私はローを傷付けてしまったみたいだ。
「アイツらを助けてくれたことには礼を言う。ただ、お前のあれを、正当化することはできねえ。」
ローの性格を考えて、ローの立場になって考えると
確かに、そうなんだろうと思う。
確かに、それは何て言ったら良いか分からない状況だ。
「お前が死んじまうかもしれねぇって思ったら、ぞっとした。どんどん薄くなってくビブルカードを見てるのは、気が気じゃなかった。」
本当に、申し訳ない。
やっぱり私は
自分のことしか考えてない大馬鹿者だ。
心に傷を抱えて生きていく辛さを、
分かっているはずなのに
大切な人達の心に傷を付けてしまった。
「お前が無事で、ちゃんと戻ってこれて、本当に良かった。」
良かった。彼らの傷をあまり深くせずに済んで。
傷つけてしまったことには変わらないけれど、
私が死んでしまったり、戻ってこれなければ
彼らはきっと、ものすごく自分を責めただろう。
「私、後悔してない。」
「ああしたこと、後悔してない。でも、反省してる。皆に凄く、心配かけて嫌な思いさせた。本当にごめんなさい。」
皆を助けられたことも
皆を傷付けたことも
ちゃんと分かってる。
でもね、
「でも私、多分また同じような事があったら、同じことしちゃうと思う。」
ローが抱き締める力を弱めて、体を離してくれた。
ほら、やっぱり。
ひどい隈。
私が心配かけたせいで、眠れなかったのかな。
「それは反省してるとは言わねえ。」
「ローだって言ってることがあべこべだよ。お互い様。」
ギロリと睨み付けられるが、この睨み方は怖くないやつだ。
本当に怒った時のローの眼力は、こんなもんじゃない。
「ありがとう。心配してくれて。迎えに来てくれて。ただいま!」
「……おかえり。」
ローが頭をぐしゃりと撫でてくれた。
この感じも、久しぶりだ。
「飯、食えるか?」
「うーん。自信ないなぁ。」
ローがベッドから立ち上がり、お粥の乗ったトレーを持って戻ってきた。
離れてしまった温もりが少し寂しいと感じたのは、少し肌寒かったからだろうか。
「いつまでも食わねえ訳にはいかねえだろ。とりあえず食え。俺が外から消化を手伝ってやる。」
「え、ど、どうやって?」
凄腕の名医だとは知っていたが、ローはそんなことまでできるのか。
「お前が食った時点で胃を刺激して胃酸を無理やり出させる。逆流しねえように蓋はしといてやる。ある程度消化した時点でそのまま十二指腸にそれを流し込んで「ちょっと待って!大丈夫!頑張る!!ありがとう!」
何というか、それは結構嫌だ。
恥ずかしい気もするし、かえって気持ち悪くなりそうな気もする。
ローは疑うような目でこちらを睨みつけていたが、ちゃんと自分で食べられれば問題はないのだろう。
白く濁った液体をスプーンで掬い口をつけた。
出汁がきいたそれは塩気もちょうどよくて
すっかり冷めてしまっているけどそれもかえって飲みやすい。
「スキャン。」
「ちょ、ちょっとやめてってば!大丈夫!大丈夫だから人の体の中覗かないで!!」
「医学的には消化管の中は体の中には含まれねえ。」
「そ、そういう問題じゃなくて!!」
なんだかとても拷問のように恥ずかしいのだけど、いくら言っても人の胃の辺りをじっと見ている彼に、何を言っても無駄なんだろう。
「キミ達はいつもこうなのか?」
「しっ!あんまりデカイ声出すな!バレんだろ!」
「すまない。」
抱き合う二人以外が皆退室する様子に、自分も席を外した方が良いかと思い部屋から出ると
出ていった筈の彼らは廊下に一列に並んでいた。
そしてそれを疑問に思いながらも扉を閉めると、彼らは何の合図もなしにそこに耳を張り付ける。
盗み聞き、なのだろう。
気をきかせたと思ったらこれとは
ウイの友人達はやはり面白い。
彼らが海賊でなければ、仲良くなれたとも思うのだが。
「ダメだ。距離が遠すぎて何も聞こえねえ。」
「くそっ。仕方ねえ諦めるか。」
「こんな時もあるよねー。」
中の様子が伺えないことを諦めた彼らが一階へ降りていくので、それに着いていく。
「お前も、ロイもなんか飲むか?」
「あ、じゃあ皆と同じものを。」
マグカップに注がれたコーヒーを受けとると、まあ座れと促されるままにソファーに腰かけた。
「まあとりあえず、良かったな!なんか、ありがとなお前も!」
ペンギンと呼ばれている彼がそう自分に話しかけてくる。
彼とは前に、一度手を合わせている。
あの時は結構な怪我をさせてしまった気もする。
先ほどから結構気さくに話しかけてくれている彼は気にしていないのだろうか。
「あの、怒っていないのか?僕のこと。」
「なんで?」
「だってあの、前に怪我を……。」
「あれは真剣勝負だ。お前より弱かった俺が悪い。」
竹を割ったようにさっぱりした性格だ。
その通りといえばその通りなのだが
そうは頭では理解していても割りきれない人の方が多いと思うんだが。
ここは本当に気にしていない様子の彼の好意に甘えさせて貰うことにしよう。
ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷる
「やべえ。アオイだ絶対。連絡すんの忘れてた。」
ペンギンが嫌そうな顔でリビングの机でなるでんでんむしを見つめる。
シャチと呼ばれていた男と、ベポと呼ばれていた白熊も同じような表情でそれを見ている。
ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷる
「あの、出なくて良いのか?」
アオイという人物かららしい着信に、彼らは出たくないようだが、
依然としてなり続ける着信音。
相手も引く気はないようだ。
「仕方ねえ。出るか。」
「おい!!どうなってんだ!!?ウイは!!?無事連れ戻したんだろうなぁっ!?」
キーンと耳をつんざく程のボリュームでまくし立てるように話す声がリビングに響き渡る。
彼らはこれを予想していたようで、既に指で耳を塞いでいる。
「ああ。無事に船に戻ってる。遅くなって悪かったな。」
「あ?お前誰だ!!?ペンギンか?」
「シャチだ。」
「お前ら誰がどれだか分かりにくいんだよったく!!」
電話口のアオイというらしい男性は、結構な傍若無人ぶりを遺憾なく発揮している。
「で?ウイは?戻ってるなら電話出せよ。」
「ウイは今キャプテンとお楽しみ中だ。」
「はぁっ!!?アイツらくっついちまったのかよ!!?マジで!!?いつ!!?」
「恐らくついさっきだ。」
なんとなく、語弊を感じなくもないのだが
二人のあの様子では、恐らく彼らはお互いに想いあった仲なのだろう。
今さっきそれが通じあったというのには正直驚いたが。
電話口のアオイも、それにたいして文句を言っている様子からして、彼女に好意をもっているのだろう。
なかなかモテてるな、ウイ。
「あーもう、うっせーな。後でまた電話させるからお前はとりあえず黙ってろ!」
ガシャン
「ふう。一件落着。」
結構乱暴な切り方で通話を一方的に終わらせたペンギンは、ソファーに掛け直しコーヒーに口をつける。
「あの、ウイとローは、本当に、恋人同士なのか?」
だとすると、自分は二人に顔向けできないことをしてしまった気がする。
ちらりと彼らを伺うと三人揃ってきょとんとした顔をこちらに向けていた。
「恋人、ねえ。まあ、ウイがあんな感じならもうそれで良いんじゃねえのかと思うけど。」
「キャプテンはいつでもウェルカムな感じだしな!」
「そういえば俺一人負けかー。」
口々にそういう彼ら。
あまり要領が掴めないが、やはり二人は恋人同士ということなのだろうか。
「まあ本人に聞いてみたら良いんじゃねえの?」
「僕は、ウイに嫌われていると思うから。」
彼らと過ごす彼女の様子を目の当たりにすると
今まで自分が見てきた彼女の様子との違いに驚くばかりだ。
仕事とは言え、彼女の大事な人を傷つけ、彼女を護送していた自分はきっと嫌われてしまっているのだろう。
「まあ、なんか聞いた話の方がこっちとしては信じられねえとこだけどよ。」
「詳しくは俺らも分かんねえけど、アイツが誰かを嫌うとか、なさそうな感じもするんだけどな。」
「ウイ細かいこと気にしないもんねー。」
なんだか、フォローされている筈なのだが
あまり誰かを嫌うというイメージのない彼女に嫌われていることの方が
結構ダメージが大きい。
「ロイもウイのこと好きなの?」
ベポがきょとんと首をかしげながらこちらを見ている。
好き、なのだろうか。
初めて見たときは綺麗だと思ったし、
笑った顔がまた見たいと思った。
少しでも心を開いてくれたと思った時は嬉しかったし
倒れる前に、やっと笑ってくれた時は、胸が高鳴った。
彼女に水を飲ませる為とはいえ、キスをしてしまったのも
ちょっと調子に乗ってしまったのも
やはり僕はウイのことが好きなのだろうか。
「アイツ意外とモテるんだな。そんなに良いか?」
「まあ、可愛いんじゃねえの?独特だとは思うけど。」
すっかり自分がウイのことを好きな体で話を進める彼らに少し焦る。
あんな様子を見せつけられてしまっては
例え嫌われていなくても、僕の入り込む余地なんて1ミリもないじゃないか。
「違うんだ。ウイが幸せなら、僕はそれで良い。」
「アッハッハ!違くねえじゃん。それ失恋した時のセリフっしょ!」
ゲラゲラとこちらを指差して笑うペンギン。
そうだな。違くない。
僕はウイのことが好きだった。
「でも、やっぱりそうならウイには謝らないと。」
「なんで?」
自嘲気味に笑う僕の様子に、シャチが理由を尋ねた。
「ウイが何も口にしないで点滴まで引き抜くから、ちょっと、こう水を、口移しで無理矢理飲ませてしまって。」
彼らは目を見開いて固まり、口を閉ざしてしまった。
「それで、その、ちょっとだけこう、色々と……。あ、でも本当に少しだけで、ちゃんとやめたっていうか!!」
彼らは依然として固まったままだ。
「それで、その、そのあとに彼女を泣かせてしまって。まあ、責任逃れじゃないけど、色々抱えてたものもあったんだと思うんだけど。」
「ウイが、泣いた?」
ペンギンが得体の知れない何かを見るような目で、そう口にした。