8-5

「ねえ!潜水中って海の中見えるよね?どう?水族館みたい?」
『場所によるな。お前達が海に潜ってた時はこれが見えてた訳だ。』



ローは窓から海中を覗きながら話してるんだろうか。

ローは泳げないから、海の中がどうなってるかとか分からなかったのか。
そっか。
意外とそんなこと考えたことなかったかも。



「今度遊びに行った時にでも水族館見せてね。」
「今はまだ見せねぇ。」
「……けち。」



今はまだってことは
いつかは見せてくれるんだろう。




それは迎えに来てくれる時かな。




ベポとの約束だからこれはローには話せない。
本物の海を覗ける水族館がすぐには見れないのは残念だ。

でも
言葉のいらない約束をほのめかされてるみたいで
なんだかくすぐったい気持ちになる。




『お前明日も早ぇんだろ。さっさと寝ろ。』
「……またかけても良い?」




明日の仕込みや月一万本を仕込む予定を組み上げるのは確かに忙しそうだ。
カレンとディゼルとも、店舗の立地や従業員の雇用条件も話し合わなきゃいけない。

気を使ってくれてるんだろうけど
音声だけだけど
ローの居る場所との繋がりを切るのはなんだか寂しい。



『待ってる。だから今日はもう休め。』
「……はーい。おやすみなさい。」




おやすみ、と言うローの声の後で
通信が切れる音がした。




待っててくれるって。
次はいつかけよう。
毎日だと流石に鬱陶しいかな。




「これが噂の駄々漏れピンク頭か。うん。的確。」
「これか。これがモテるコツなのか。」



ディゼルとカレンが私のニヤけた顔を見ながら、納得したように頷きながらそう呟いた。

噂って。
しかもピンク頭って。

絶対ベポ、ディゼルに色々吹き込んでるじゃん。



「あれはウイがやるから良いのであって、カレンはやめておいた方が良いと思う。」
「どういうこと?」
「普段の行いが行いなだけに洒落にならない。」



ぬわぁんだとぉっ!とディゼルの胸ぐらを掴んで物凄い勢いで揺さぶるカレンからは
もうさっきまでの怒っていた雰囲気は全くなくなっていた。

あんな目にあいながらもなんてことないように笑ってるディゼルって
本当に最強だと思う。


「ウイ寝た?」
「起きてるよ?」



お風呂に入って寝る準備をした私たちは同じベッドに潜り込むと他愛のない話に花を咲かせ
明日も早いから寝ようかと電気を消した。

暫しの沈黙の後、隣からカレンのそんな声が聞こえてきて目を開けると
カレンは眠りにつこうとしたその体勢のまま言葉を続けた。



「さっきはごめん。なんか勝手に首突っ込んじゃって。」



悔しいけどディゼルの言う通りだとため息混じりに話すカレンは
さっきのペンギンとのことを言っているんだろう。

カレンが謝ることなんて何もないのにな。



「ねえ、カレンはペンギンのこと好きなの?」
「うーん。好き?……多分ウイの思ってる好きとは違うのかなー。」



私が思ってる好きはどんな設定だ。
言わんとしてる事の意味が掴めなくて
それってどんな?って聞いたらカレンは瞑っていた目を開けて苦笑いを浮かべた。



「ウイはただローのことが好きなんでしょ?」
「え?ただ……?好きだけどどゆこと?」



何を言おうとしてるのかが本当に分からない。
こういう好きって、そんな何種類もあるんだろうか。




「私の好きは、そんなに綺麗な好きじゃないよ。彼氏が欲しくて、彼氏になって貰うならこの人が良いなって。それだけ。」
「ん?なんか難しい。」



余分に置いてある枕を抱き締めて顔を埋めながらため息をつくカレンはなんだか寂しそうで
普段の強気な彼女は今は不在みたいだった。



「ペンギンのウイへの態度見てると、私もこんな風に愛されたいなって。ただそれだけ。ペンギンがどういう人かとかも、ウイの足元にも及ばない位しか知らない。」
「うーん。なんとなく、分かったような分からないような。」



何だかんだでペンギンに甘やかされて大事にされてるのは
私が一番実感してる。

ローのことが好きなのに
不覚にも心臓をドコドキさせてしまったのも事実だ。

なんだか認めたくないけど
ペンギンって




絶対モテるもんね。






「ウイが羨ましい。ローだって、あんな誰にも心許さなそうな人。どうやって落としたのよ。」
「落としたって……。私が聞きたいよ。」



前にベポにも聞いた。
本当に、ローは私みたいなののどこが好きなんだろう。

面倒臭くて
すぐ軸がぶれて
弱っちいし

ローとは正反対だなって思うのに。



「あんたのこと好きになる理由はなんとなく分かる。」
「どこ!?なに!?」



ガバッと身を乗り出した私にカレンは呆れたように苦笑いを漏らした。



「悔しいから教えてあげない。」
「……けち。」



結果モテてんだから良いじゃないとカレンは笑う。

確かに
あんなに魅力的な人達に好かれてることは本当に嬉しいって思う。

でも
私がそれに値する人じゃないって思ってるからこそ
この嬉しさがなくなってしまう時が怖い。

気持ちに応えられないって分かってるのに
それをペンギンにも伝えたのに
その後も普段通りに接してくれてるペンギンの優しさに甘えてた。

別れる時まで全然そんな素振りを見せなかったペンギンは
もう私のことは好きじゃなくなっていて
それでも私に対する態度は私が欲しい特別扱いで

私は居心地の良い空間に甘えて
ペンギンの気持ちを自分に都合良く考え過ぎてた。




「私ね、さっきペンギンが私もいるのにカレンと楽しそうに話してるの見てて、なんか嫌だった。」
「焼き餅?」



カレンは目を細めて少し意地悪そうに笑った。

さっきは否定したけど
ペンギンへの気持ちは恋じゃないけど

あれも立派な焼き餅だ。



「でもね、ペンギンに幸せになって欲しいって本当に思ってるし。前に飲んだ時、カレンだったらペンギンを幸せにしてくれるんじゃないかって思ったのも本当。」



お騒がせなカレンは、居てくれるだけで周りの雰囲気が明るくなる。
基本的にふざけてるペンギンと一緒に騒いでたら
それはそれは楽しそうだ。

カレンはよく、また男に捨てられたって電話をよこしてたけど
いつだって真剣に相手に尽くしてたみたいだし

実は面倒見が良いペンギンはカレンのそんな所もひっくるめて大切にしてくれそう。



「あんた、それペンギンに言ってないでしょうね。」

「言ってない、けど。」
「絶対言うんじゃないわよ。ったく。」



カレンがぷんすかと怒りだした。

え、言わないけど
怒るとこ?

やっぱりもう一度、ローが好きだから気持ちには応えられないって
ちゃんと言おうと思ってた。

ペンギンはカレンのこと美人って言ってたし
カレンもペンギンのこと、形は違えど良いなって思ってくれてるなら

直接言わなくてもこっそり応援しようと思ってたのに。

口先ばっかりじゃなく
ちゃんとペンギンの幸せを願おうと思うのは

いかんことなの?



「あんたローにペンギンと上手く行けば良いとか、そっちのが幸せだとか言われたらどう思うの。」
「……ああ。なるほど。」



それは嫌だ。

人の幸せ勝手に決めるなって
体裁良く振ろうとするなって

へこんだ後に怒りが沸き上がりそう。



「別にウイが思わせ振りなことしてるんじゃなきゃそれで良いと思う。ペンギンも、勝手に好きなだけって言ってたじゃん。」
「……うーん。」



難しいな。

今のままで居て良いのは私は凄く嬉しい。
ローと話せてすっかり忘れちゃってたけど、俺の焼き餅は無視かって
そういえば言われてた。

ペンギンがあまりにも普通に話してくれるから
別れ際に言われたことも
何も言わないままうやむやになっちゃってる。



「ペンギンはウイのこと悩ませたい訳じゃないと思うけど。……優しいじゃん、凄く。」
「カレンだってペンギンのことちゃんと分かってるじゃん。」



そう言いながらじと目で見やると、照れてしまったのかカレンは
うっさいもう寝る!って
私に背を向けるように寝返りを打ってしまった。

暗くても分かるくらい
顔が赤かった気がする。

ペンギンのこと足元に及ばない程知らない?

嘘だよ。

カレンはペンギンのこと、ちゃんと分かってる。



口に出したらまた怒られるだろうから言わないけど



やっぱり私
ペンギンを幸せにしてくれる人はカレンが良いな。




「おやすみ。」
「おーよ。」



こっちを振り向きもしないカレンの適当な返事が面白い。

これが本当のガールズトークだね。

「ウイー!!これどうすんのー?」
「お湯!!熱湯かけて消毒して!」







「ウイー。りんごのカットに拘りとかは?」
「特にないけど芯も入れて!!」









「ウイー!」
「ウイー!」








あーーー!!
もうっ!!


















「二人もいっぺんに指示出しながら作業するのって大変なんだね……。」
「お酒ってあんなのから出来んのね。びっくりー。」



お昼ご飯も兼ねて休憩中、
私はぐったりとダイニングテーブルに突っ伏した。

朝起きて朝食を食べてから
カレンとディゼルに手伝って貰いながら酵母を仕込んだ。
ひと月に一万本ってことは、1日に350本弱。
毎日コンスタントに作っていった所で16種類の季節を渡る航海の中では
温度管理なんて正確にできない。

つまり発酵が遅れる低温地帯の航海を予測して多目に仕込んでおく必要がある。




「海の上でお酒を作るとなると、僕あんまり役に立たないんじゃない?」




温度も期間もきっちり管理派のディゼルは苦笑いしながら頭をかいた。
そんなことはない。

種類は違えど酒作りを知っているディゼルは要所要所確認するポイントでちゃんと聞いてくれるし
私の動きを邪魔しないタイミングで声をかけてくれてる。

カレンだって、料理とかしたことないって言ってた割に
教えたことはちゃんと正確に作業してくれるし
実験みたいだと楽しそうに作業してくれるのには救われてる。











問題は量の多さだ。










「3人居れば余裕じゃない?半年間同じペースで作れば大分ストックもできるでしょ。」
「今日はほぼ酵母の仕込みだけだけど。酵母ができたらアルコール発酵とか、瓶詰して炭酸発酵とか、発酵止めるのに湯煎したり、コルク詰めとか、ラベル張りとか……。」



そんなもん?と笑っているカレンは
作業の恐ろしさを知らないのか前向きすぎるのか……

想像しただけでぞっとする。
二人が手伝ってくれてるうちは大丈夫だろうけど
その後は一人で作業しなければ。

二人には二人の商品がある。
いつまでも甘えてもいられない。



「早めに弟子、とらないとね。」
「本当だよー。」



とてつもなく不安です。
私の仕込み、間に合うんでしょうか。



destruct at reality.