「なん……で?え、本物?ほんとにロー?」
「他に誰に見える。」
こっちもこっちで驚いたが
あっちも相当驚いているらしい。
せっかく綺麗だと心の中で褒めたのに
驚きをそのまま表情に表す目の前の女はやはりいつも通りのウイだった。
「変わりねぇか。」
「うん!元気!!っていうかなんででんでんむし出てくれなかったのよ。同じ島に居るならもっと早く会いに行ったのに!!」
満面の笑顔で走り寄って来たウイは俺のコートを握りしめると
思い出したかのように眉を寄せて捲し立てるように早口で文句を言い出した。
出払っている間に、やはりでんでんむしに着信はあったようだ。
「まあ色々とな。お前、時間あんのか。」
「んー、8時からあそこのホテルでクリスマスパーティーに呼ばれてるの。それまでならあるよ!」
ウイの左腕の時計と会場を確認する。
シャンブルズで送ってやれば、30分はあるか。
ローは?と嬉しそうな顔で見上げてくるその様子は
小動物か何かのようで何とも言えない感情が沸き上がる。
こいつも慣れない仕事をこれまで頑張って来たんだろう。
予定は狂ったが
褒美も兼ねて、クリスマスプレゼントでもくれてやるか。
「うぉっ!?」
ウイの腰を抱え込み、左腕のミサンガからビーズをちぎり空へと弾いた。
聞こえてきたのは、聞きなれた
女としてどうかと思ううめき声で
もう少し可愛いげのある驚き方が出来ないものかといつも思うものの
やっぱりこれがウイだとも思う。
シャンブってが口癖だった程のシャンブルズタクシーの常連客も
久しぶりの浮遊感と突然の事に驚いたせいか
必死でしがみついて来る腕の力が心地好い。
3ヶ所程宙を経由してたどり着いた鉄塔の上で
驚きできつく瞑っている目を開くようにと促した。
「うっわぁー……。きれーい!!」
目玉が溢れ落ちるんじゃないかと思うほどに目を見開いて
ぱぁっと花が咲いたような笑顔で身を乗り出しながら街を見下ろすウイが
落ちてしまわないようにと抱き寄せる腕に力を込めた。
ウイのこの顔が、見たかった。
イルミネーションに電気を供給するこの鉄塔は
どの建物よりも高い位置から街中のそれを見渡せる絶好の穴場スポットだった。
十字に整備された大通りの建物を彩る光と
その中央にそびえ立つ遠目で見ても巨大なクリスマスツリー。
栄えた街なだけあって
住宅街の家庭の窓から溢れ出る明かりですらも、この景色に色を添えている。
イルミネーションになど興味のない自分ですら、これは大したものだと思った程だ。
「ロー見て!!あっちも凄い!!」
ペンギンが今も張り込んでいるだろう反対側の街の明かりを指差すウイにつられてそちらに目を向ける。
眼下に広がる夜景程ではないものの
距離があるせいで一つ一つの光が細かく密集して輝いて見える彼女の指の先の景色は
ウイの耳元で輝くダイヤモンドのようだった。
「おい。下手な所触ると感電する。」
「うそっ!こわっ!!」
鉄塔に手をかけて自由に動き回ろうとするウイがちゃんと腕の中に戻ってくるようにと脅しをかけた。
既にスキャンでどこに電流が流れているかは確認済みだ。
素直に戻ってきた温もりには悪いが
電流が流れているのは電線であって、この骨組みにその機能はない。
物知りな彼女なら、よく考えれば電気抵抗が少なくはない鉄に電流を流す仕組みなど有り得ないことくらい分かるような気もするものだが。
腕の中で大人しく
目を細めては愛おしそうに夜景を見下ろすウイは
化粧と髪型のせいか、やはり今日は普段よりも色気付いて見える気がした。
グロスの艶のせいなのか
どうしても口元に視線が誘われる。
「コートも帽子も凄い似合ってるね!流石私!」
こちらに笑顔を向けて見上げてくるその上目遣いも
正面から見る普段より少しボリュームを増したかに見える唇も
まるで誘われているようにしか思えない。
久しぶりの再会。
偶然、むしろ奇跡かと思えるような遭遇。
そして今日は恋人達がこぞって身を寄せ合う聖なる夜。
惚れた女と二人きりで夜景なんぞ見ていれば
男であればこの状況で何を思うかは明白だろう。
「そいえば皆は?」
この女はどうして
駄目だと散々叱り付けた時には懲りずにキスをせがんでくる癖に
こういう場面ではこうもすっとぼけた事しか言えないんだろうか。
「ドフラミンゴに繋がる組織が向こうの街に居る。今は張り込みの最中だ。」
簡単に密輸業者の事を伝え、向こうの街には近付かないように念を押した。
話を聞いているウイは親指に顎を乗せ、拳を唇に押し当てながら何やら考え込んでしまった。
これが考え事をするときの癖なのは知っている。
だがグロスが指に付く事には気を遣えないのだろうか。
この指を俺のコートでしれっと拭きやがりそうな嫌な予感が、頭を過った。
「それってさ。向こう側がタックスヘイブンだからじゃない?」
「なんだそれは。」
初めて聞く用語だ。
ウイはどう説明したら良いかなと再び思案に耽り出した。
ウイ曰く、向こう側の街は外からの資金や企業を誘致する目的で税率を著しく低く設定しているそうだ。
そういう事をしている国をタックスヘイブン、租税回避国と呼ぶらしい。
税金が安いという事は他の国で商売をするよりも儲けも多い。
中には普通の企業も多くあるらしいものの、良からぬ連中も勿論ここに目をつける。
儲けた金を島で散財して貰えば、自然と国も潤う。
この国が栄えているのはそういう訳だったのか。
「それでね、こういう所って実は悪い事がはびこってたりする訳よ。」
身代金や盗んだ金、そう言った紙幣番号を控えられている公には使えない汚れた金。
この島で正式に企業登録されている密輸行者がそういった金と引き換えに武器や弾薬を売り捌くと
銀行に利益として入金される汚れた金は政府の目を掻い潜り、表向きは綺麗な金として大量の紙幣に紛れこむ。
そして他の同じような国の銀行を敢えて多く経由させて
どこでその汚れた金が入金されたかを紛れさせる。
密売人達が預金を引き落としたとしても
その紙幣は同じ金額の綺麗な金。
公に使える金の出来上がり。
この仕組みをマネーロンダリング、資金洗浄と言うそうだ。
「ドフラミンゴが武器とかのブローカーなら、そういう国に行けばツテのある人たちが他にもいるかもよ?」
ウイの無駄に知識の詰まった頭には、たまに本当に頭が下がる。
手探りでしかなかったヤツへの情報の足掛かりが、意外な所で見つかった。
「その国の税率はどこで調べられる。」
「商工会に行けば簡単に分かるよ。流石にロー政府とか公的なとこに行く訳にはいかないでしょ?」
なるほど。
闇雲に情報収集するよりも、商人にタックスヘイブンの情報を聞いて巡れば
効率良くジョーカーと取引のある連中に遭遇できそうだ。
確かに密売業者と言えども汚れた金の使い所は限られる。
自由に使える金を多く所持しておくに越した事はないだろう。
資金を欲する国としても
国営の銀行を経由して似たような国と横のパイプを使って汚れた金をたらい回しにしてしまえば
責任も逃れられて資産運用の元金が手に入る。
汚ぇ話だが需要と供給の合致だ。
表立って売り捌けないからこそ暗躍しているジョーカー。
その末端組織が潜伏しているとすれば、タックスヘイブンに間違いはない。
「助かった。随分情報収集が捗りそうだ。」
「お役に立てたなら何よりです。」
えへへ、と嬉しそうに笑うウイに助けられるのはもうこれで何度目だろうか。
仕事で疲れたこいつの気晴らしになればと夜景を見せに来たのに
結局それに喜ぶ顔を見て嬉しく思う自分も居れば
貴重な情報を与えて貰ってしまうというこのザマだ。
案の定、ごしごしと背中に回した手で指についたグロスを拭いている事にはこの際目を瞑ろう。
「でも皆忙しいんだね。私明日の昼前には出港しなきゃ行けないんだもん。」
残念そうに俯くウイを、クルー達に会わせてやれる方法はない訳ではない。
ただ、交代の後船に戻るのは夜中の見張りを引き受けて貰っているペンギン一人。
昼前という出港時刻がいつなのかは知らないが
ウイとペンギンが二人っきりになる時間なんてものを1分1秒たりとも提供してやるつもりはない。
「落ち着いたら、ゆっくり遊びにでも来ればいいだろ。」
「そうなんだけどさー。……皆にも、会いたかったな。」
そんなに残念そうな顔をされると流石に心が痛む。
でも悪いがそこは譲れない。
クルー達の明日の昼までの予定はこのまま偽装したままにさせて貰おう。
良いじゃねえか。
俺に会えただけで。
目の前に好きな男である筈の自分が居るというのに
クルー達に会いたいと落ち込むウイを
面白くない気持ちが存分にこもった目で見下ろした。
それからウイは生き生きとした表情で最近の出来事を話しまくった。
資金援助の件やピアスのお礼、店舗や従業員探しの話、カレンがお姉ちゃんみたいだとか、最近のディゼルのベストオブブラックジョーク。
話の種は次から次へと沸いて来るようだ。
離れている間のウイの様子が聞けるのは嬉しい。
それを自分に伝えたくて仕方ない様子のウイもいじらしいと思う。
最近でんでんむしで話せなかったのが、余程寂しかったんだろう。
でもな。
少しは空気を読めと言いたい。
話が途切れたタイミングを見計らってそういう雰囲気でも醸し出そうかとわざと適当な相槌ばかり打っているのに
話の勢いは留まる所を知らない。
散々叱りつけておいて
このムードもへったくれもない状況で強引に口付けるのはどうしても自分の理念に反する気がする。
せがんで来てさえくれれば
物欲しそうな目で見つめて来てくれれば
クリスマスを言い訳にそれを許す事ができるというのに。
「あ、そろそろ時間だ。行かなきゃ……。」
そう言ってウイは、左腕の腕時計を見つめしゅんとした様子でため息を付いた。
ため息を付きたいのはこっちの方だ。
ウイを地上に帰したくない。
邪魔する物など何もない二人だけのこの空間。
冬の夜空は冷え込むものの、それがかえって
体を寄せ合うお互いの温もりや存在を実感出来る気がした。
いっそこのまま
この腕の中の愛しい存在を拐ってしまおうか。
「次は商工会のクリスマスパーティーなの。」
また何か挨拶とかさせられるのかな、とうんざりした顔で呟くウイの頭にそっと手を乗せると
心地好さそうに目を細めるその姿に心が和んだ。
ウイもウイで結構な過密スケジュールをこなしてまで仕事を頑張っている事は知っている。
それを邪魔をする訳にもいかない。
当然のようにシャンブルズに備えて腰に回した手に力を込めるウイをしっかりと抱え
現実世界へとビーズを放った。
しっかりとしがみついてくるウイの髪からは懐かしいあの
シャンプーの香りがした。