「シャンブルズって便利だけど、あっという間に着いちゃうね。」
残念そうに笑うウイが腰に回した手をほどく。
その際触れ合った手をぎゅっと握って
何か言いたげに見上げてくるウイは捨てられた子犬のような目をしていた。
そんな顔をするくらいなら
なぜさっきしなかった。
無言で見つめて来るウイが言いたいことが
何をして欲しいかが、手に取るように分かる。
さっきまでそんな素振りを全く見せないウイには
正直少し苛つきもした。
せっかく会えたウイの唇に触れたいと
話もそっちの気でそればかり思っていた。
ねえ良いでしょ?と言わんばかりにおねだり光線を飛ばして来るウイを見ていると
求められるという充足感は
意外な程、満足感を与えてくれるものだということに気付く。
興味がないと思っていたイベント事に踊らされて
危うく己の立てた信念を踏み倒す所だった。
「説教希望か。」
「……別に何も言ってないじゃん。」
頬を膨らませて中々の目付きで睨んでくるウイの様子に頬が緩む。
クリスマスより何よりも
俺の心を振り回し踊らせるのは
きっとこいつが一番上手いんだろう。
「遅れるぞ。時間良いのか。」
「……ちゃんと、気を付けてね。無茶しちゃダメだよ?皆にもそれちゃんと伝えて!」
人の心配ばかりする所も、変わらない。
それに頷いて答えると、諦めたらしいウイが渋々俺の手を離して
名残惜し気にちらちらと振り返りながらホテルのエントランスへと足を進める。
こんな調子で良く今まで
俺らと離れてやってこれたもんだ。
「ウイ。」
驚くほどの反射速度で振り向いたあいつに
思わず吹き出す所だった。
こちらを見つめる戸惑ったような、情けないような、そんな顔。
「落ち着いたら会いに行く。だから待ってろ。」
俺の言葉に
その表情はあから様にぱっと明るいものへと変わる。
「絶対だよ!待ってるね!」
そう言って笑うウイの顔は
夜景を眺めていた時よりも、数倍嬉しそうに見えた。
心情が駄々漏れ過ぎるウイの行動が
愛しくて堪らなかった。
「お腹いっぱーい!」
商工会のクリスマスパーティーの帰り道、
お土産に貰ったホテルのパティシエ特製のブッシュドノエルを片手に夜の街を船へと歩く。
まあ12月25日のこんな時間にくれるんだ。
余ったんだろう、どうせ。
ディゼルへのお土産はこれにしてしまおう。
昨日作ったケーキはカレンのリクエストにお答えして、ミルクレープだった。
皆でクレープを何枚も焼いたのは楽しかったな。
これなら味も被ってないし
何より腹黒ディゼルは今のところ私には優しい。
どんな物でも喜んでくれる気がする。
格段に人通りが少なくなった広場に出ると
やっぱり光で型取られたツリーは綺麗だった。
ふと、数時間前までローと二人で居た鉄塔に目を向ける。
ここからだと、あの場所は暗くて良く見えないけど
素敵なクリスマスを二人で過ごせた。
持ち運んでいつでも見れるような物ではなかったけど
ローが私にくれたクリスマスプレゼントは
きっと世界中で私とローしか知らない
二人だけの宝物だ。
ロー達の潜水艦が停まっているだろう裏側の街の空を見上げた。
ここからじゃ、建物が邪魔で街の明かりは見えない。
もっと長く一緒に居たかったし
話したいこともまだまだ沢山あった。
クリスマスだし、奇跡みたいな再会だったし
キスしてくれないかなって思ったけど、やっぱりローは手厳しかった。
ペンギンや、ベポやシャチとも会いたかった。
久しぶりにローに会えたせいで
会いたいと思う気持ちの高ぶりが再発してしまった気がする。
でも会えて良かった。
新しく増えた記憶の中のローを思い返しながら
幸せに入り交じった少し寂しい気持ちを抱えて船へと足を進めた。
隣に居なくたって、同じ島に居る。
同じ島に居なくたって、同じ空の下に居る。
空は全部、繋がってる。
ねぇ、ロー。
私また気持ち悪いこと考えちゃったよ。
私が今吸い込んだ空気ってさ
ローが吐いた息が何パーセントかだけでも
混ざってたりするのかな。
「たっだいまー!!」
「おかえり。随分楽しそうだね。」
何か良いことあった?とダイニングテーブルで書き物をしているディゼルが笑顔で迎えてくれた。
本当にディゼルは優しいな。
私には。
このままお土産を振る舞いながら、ちょっとくらいのろけちゃっても良いだろうか。
「えへへ。はいお土産!ケーキだけど食べる?」
「じゃあ頂こうかな。」
テーブルの上を片付け出したディゼルに紅茶を淹れようとキッチンへ回る。
夜に飲んでも大丈夫そうな、ノンカフェインの美味しいのがあった筈。
お湯を沸かしながら、早く話してしまいたくて
うきうきする気持ちが抑えられない。
お腹はいっぱいだったけど、私も少しだけ一緒に食べようと
二人分切り分けたブッシュドノエルを皿に盛り付けた。
「なに?そんなにご馳走美味しかったの?」
「美味しかった!でもね、そんな事よりすっごく良いことあったの!!」
ニヤける私に少し呆れたように笑っているディゼルの前にケーキを運んで
丁度沸いたお湯でポットを温める。
なんだか今は丁寧に紅茶を淹れたい気分。
普段ならポットを温めることなんてしない方が多いし
カップだってマグカップを使う事が多い。
本当に、分かりやすい程浮かれてるなと思いながら
ティーカップと紅茶の入ったポットをトレーに乗せてディゼルの元へ戻った。
「クリスマスマジックにでもかかっちゃった?」
「うん!あのね、ローに会えたの!ちょっとだけだったけど、夜景見に連れていって貰っちゃった。」
こんなところで会えると思ってなかったからびっくりしちゃった!とニヤけながら紅茶を注ぐ私の話を
ディゼルはそっかと優しく微笑みながら聞いてくれてた。
余り物と思われるブッシュドノエルは意外な程美味しくて
もしかしたら余ったんじゃなく本当にお土産用に準備してくれた物なのかもと思えてくる。
こんなに美味しいケーキが余る筈ない気がするな。
ディゼルは面白くなんてないだろう私の話を嬉しそうに聞いてくれていて
話す度にまだ鮮明に思い出せるローの表情や二人で見た夜景が
更に私の顔をニヤけさせた。
結局ディゼルに気が済むまでのろけを聞いて貰っちゃって。
また会いたくなっちゃったなっていう面倒臭い発言も、一緒に居るのが僕らじゃ不満?って冗談で和ませて貰ってしまった。
私は本当に素敵な友達に恵まれてるなって、改めて思ったんだ。
次の日カレンが帰ってきたのはお昼前で。
にこにこしてるカレンの顔を見ると、私も昨日こんな顔をしてたのかなって
見てるこっちが幸せになってしまった。
「楽しかったみたいで良かったね。もう二度と会うこともないんだろうけど。」
「んだと!?」
相変わらずカレンには厳しいディゼル。
優しいディゼルも好きだけど、構って貰ってるカレンが羨ましいなって思いながら出港の準備を始める。
ここからじゃ皆の姿は見えないけど
張り込みを頑張っているだろう皆に、心の中でエールを送りながら、錨を上げた。
「変わりねぇか。」
「お、キャプテンおはよー。」
特に変化のない状況に飽き飽きしながらスラムのボロ小屋の屋根の上で寛いでいると
いつの間に交代の時間になっていたようでキャプテンがシャンブルズで目の前に現れた。
特に何もなかったものの
一応人の出入りと今小屋にいる人物の報告を簡単に済ませる。
「なんか機嫌良くね?なんかあったの。」
「あったかもな。」
どこがと言われても良く分からないが
顔を出した時からなんとなくキャプテンの機嫌がいつもより良いように見えた。
そして何があったかの問いに答えるキャプテンの顔は
どこか勝ち誇ったような、そんな顔をしていた。
「まあいいや。じゃ、後よろしく!」
機嫌が悪いよりは良い方が良いだろう。
昨日はクリスマスだ。
シャチ辺りが豪華な飯でも作ったのかもしれない。
いやキャプテンはおにぎり以外の飯じゃ釣られねぇな。
上機嫌の理由は分からないものの
あの勝ち誇ったような顔は少し苛つく。
「ウイにでんでんむしでもかけるか。」
キャプテンが一番嫌がりそうな事を考えながら、船に戻ってからの予定を決めた。
嫌がらせを抜きにしても
久しぶりに
声が聞きたいと思った。
船に戻って準備されていた朝飯を食べると
急激な眠気が襲ってきて暫く仮眠を取った。
目が覚めるともう昼過ぎで。
不規則な睡眠でだるい体を起こしてリビングに向かう。
ソファーに腰かけて
不気味な顔をしたでんでんむしに、もう暗記してしまった番号を呼び出させた。
ぷるぷるぷる
ぷるぷるぷる『もしもーし。』
最近かけても出ないと専らの噂だったウイは
以外にもあっさり出た。
「やっほーウイちゃんご機嫌いかがー。」
『ペンギン?あれ?今張り込みで忙しいんじゃないの?』
名乗らなくても俺だと分かってくれた事は嬉しいが
最近連絡を取っていなかった筈のウイはなんで張り込みの事を知っているんだ。
「なに。昨日キャプテンからかかってきたばっかりだった?」
それならあの上機嫌にも納得だ。
イベント事に無関心そうな我らがキャプテンは
しれっとクリスマスの夜に声を聞かせてやるというメルヘンチストっぷりを発揮したらしい。
『え?違うよ。会ったの!昨日!』
なんだと?
『私今日の昼前に出港しなきゃいけなくて、ちょっとでも皆にも会いたいなって思ってたんだけど。』
なんか皆張り込みで忙しいって聞いたからさと
残念そうなトーンの声がでんでんむしから聞こえてくる。
あの焼き餅嫉妬独占欲の塊くそ野郎。
今朝の勝ち誇った顔はそういう事か。
昼前に出港であれば昨日の夜から今朝までは良いとしてもその後は船に俺が一人。
きっとキャプテンは俺とウイが二人っきりにならないように、張り込みの予定を偽装して話したんだろう。
なるほど。
やってくれたなマジで。
『ペンギン?』
「キャプテンって大人げないとこあるのね。」
本当は会えたのに
会えなかった事の真相をバカ正直に話しても
むしろウイはキャプテンの独占欲に喜びそうな気がした。
『まだボーリングのこと根に持ってるの?』
「あれは一生忘れらんねぇ思い出だわ。」
当時の事を思い出したのか
けたけたと笑う声がでんでんむし越しに聞こえてくる。
昨日キャプテンはウイに会ったのか。
自分ばっかり。
良いな。