1-8
「ウイー!!エースの件良かっ…わぁ本人…」
「…聞いてねぇぞ」
「ごめん…勝手な事して」
こっちからも見えてるって事は、ポーラータングからも同じな訳で。
船を付ける前からフリーウィングにエースが乗ってるのが、甲板に出てたローとベポからは見えてたみたいだ。
隠すつもりはなかったけど 既に殺気みたいなのをバシバシ放ってるローは
これから話す事を聞いたらどうなってしまうんだろう
「おまえを招いた覚えはねぇ。こっちには乗ってくんな」
「へいへい」
乗船拒否されたエースは呆れ顔だ。
ため息混じりのこの人を呆れさせたのはきっと、ローの態度そのものじゃなくて
この調子ならこれからもっと凄い事になるんだろうなって、きっとそんな呆れ。
「あの、ね…話があるの」
「中で聞く。お前は来い」
エースと引き離そうとしてるだろうローには悪いんだけど、それはまだ出来ない。
寧ろもう二度と、私はこの黄色い潜水艦に足を踏み入れる事は許されないかもしれない。
「ここで、聞いて欲しい。ベポごめん…少し席、外して貰えないかな」
「…なんか嫌な予感するの気のせい?…別に良いけど」
眉をひそめたベポがため息吐きながら中に入っていく。
何も言わないローの顔は見れなかった。
「そいつは良いのか。居ても」
「…うん」
私とローとエースしか居ない海の上で、波の音だけが変わらず聞こえてた。
ずっと目を合わせない私の態度と、このタイミングとこの顔触れなら
ローならもう何を話したいか気付いてる気がした。
「あの…ね、私…エースの事を好きになって、しまいました」
言った。
言ってしまった。
それを伝えてしまえば、続く言葉は次々出てきた。
「エースが捕まってしまって、もう二度と会えないかもしれなくて。死んでしまうかもしれないって思って初めて…気持ちに気付いた」
私がローを好きでいられたのは
好きだと思えたのは
エースが支えてくれる ずっと居てくれる前提の
そんな状況だったからだ
「今までは当たり前みたいに思ってしまってたけど…でもエースは──私にとってなきゃいけない、掛け替えのない存在で」
ひとりぼっちの私は ローを求める度胸なんてない
支えて貰ってたから 眩しいくらい素敵で強くて 尊敬出来るローに焦がれられたの
「それに気付いたから、ローにはそれをちゃんと伝えたくて…今回は、来ました」
ローは何も言わなかった。
取り敢えず、伝えるべき事は伝えた。
恐る恐る見上げた先の顔は、相変わらず読めない顔をしてて
伏せられた目で何を思っているのか私には計り知れない。
勝手に一人で話し続けるのも気が引けて、もう何も
私の声なんて聞きたくないんじゃないかって思って
ローが何か言ってくれるのをただ待った。
無数の針が
少しでも動けば刺さるくらいの距離に張り巡らされてるような、そんな心地だった。
「そいつ抜きで話がしてぇ」
長い沈黙を破ったのは、そんなローの言葉。
ちゃんと目を見て話してくれるその顔からは、怒ってるとかそういうのは感じなくて
ローもエースが居たら話しにくいかなって思った。
二人なら話してくれるらしいそれを、ローの気持ちをちゃんと
聞きたいって思った。
意見を聞こうと振り返った私の目はきっと、何も言わなくてもエースに思う事を伝えてしまう。
「どうぞご自由に。…ただ、聞かねぇけど目の届く場所でやれ」
「悪いな」
そう言うなりローはフリーウィングと反対側の船縁に歩いて行く。
なんだかもう、ローと話す事に不安はなかったんだけど、エースに申し訳ない気がして縋るような視線を送ったら
ただ頷かれた。
信じてる
行ってこい
エースの目がそう言ってる気がして、頷き返して足を踏み出した。
「俺が何言っても…もうそれは変わンねぇのか」
「…うん」
隣には並べなかった。
少し後ろで立ち止まってたら、気配で気付いたらしいローが海を眺めたまま話し出す。
「私、ローの事今でも尊敬してる。ローみたいになりたいし、それが無理でもローに釣り合うくらいの人にはなりたい」
責められも怒鳴られもしないって思ったからか
ローよりエースを欲してしまった心の内が溢れ出す。
「でも…きっと高望みだった。私は一人じゃ自分の──
「釣り合うってなんだ。俺はそんな崇高な人間であった覚えがねぇ」
振り向いたローの顔に、言葉に
胸がぎゅっと締め付けられた。
私だけじゃなく 誰だってそう思ってるよ
だから凄いなと思って 尊敬してしまって憧れて
好きになったんだよ
「…私はそう思ってる。変わらないと、変われないと…とてもじゃないけど私、ローの隣になんていられない」
「頼んでねぇだろ。どんだけ買い被られてんのかは知らねェが…誰がいつ変われと言った。実際どんだけやべぇのかは…おまえが言わねぇから知らねぇ」
言わなくても滲み出てるよ
言えないよ 強いローには
「おまえはきっと、どっかが弱くてヘタレで。そのせいでくそほど面倒臭ぇ」
「ご存知かとは思ってましたが…全くもってその通りで…ございます」
全部は知らなくても、私のダメな所を解ってくれてた事が嬉しかった。
それでも好きでいてくれたんだって、もどかしい嬉しさが込み上げてくる。
「でもそれ以上に…そこを補って余るモノを持ってンだろうが」
「ないよ…そんなの」
この面倒臭過ぎる私を補える程の何が私にあるって言うんだろう
「なきゃ惹かれてねぇ。今更かもしれねぇし、おまえも知ってるからわざわざこうやって言いに来たんだろうが…俺はおまえが好きだ」
「それは…良く見せようって取り繕った私をだよ。…ヘタレも面倒臭さも滲み出てたみたいだけど、本当の私はもっと全然酷い」
本当の私は 求められる事を望む度胸もない
でも 一人じゃ立てない
歩けない
生きていけない
矛盾を断ち切れないで諦めてる癖に
それがツラくて不満な 正真正銘のダメ人間だ
「例えそれがどんな事でもそれで怯む程度の気持ちじゃねぇ。どんな面倒臭かろうと支えてやる…それなりの覚悟でおまえを好きになった」
「私…は!それがツラい」
ローならきっと 本当に一生懸命支えてくれると思う
面倒臭い私に付き合ってくれると思う
でも
そんなおんぶに抱っこな状態は不安なんだよ
いつ愛想尽かされるんだろうって 怖くて不安で仕方ないんだよ
「エースに私…散々ダメなとこ晒して来た。好きって思ってなかったのと、似てるとこある人だからそれが出来た」
ローには出来ない。
取り繕った私がいつ見上げても、ローはいつも遥か先の雲の上にいた。
そんな人に更に自分の情けない所なんて見せられる訳がない。
失いたくない人には言いたくない。
「ダメな私でも、ただ居るだけでエースは支えられてくれる。必要として貰える部分がどこなのか、エースなら──
「俺だっておまえが必要だ。おまえが居るから、前にも先にも進もうと思える」
真っ直ぐな目は、ローの目は今
確かに私を求めてた。
でもローに足りない部分なんて見当たらない
あったとしても ローにないものを私が持ち合わせてる気がしない
「…ドフラミンゴを討ち取ってから、おまえを迎えに行く予定だった。おまえを危険に晒したくもねぇし、今の俺は自分の我儘で生きられる身の上じゃねぇから」
それは…前ベポが口止めされてるって言ってた事…?
可笑しいくないか?
私の耳に入れちゃダメな筈のその話 それより前からローに聞いてたよ…?
横道に逸れかけた思考を呼び戻す。
今はそこの話を詰めるべき時じゃない。
あの時告白を遮ったのは私の安全の為で
ローは信念を自分で折る事はしない強い人ってとこだけ理解出来てればそれで良い。
「でもそれでおまえが居なくなるくらいなら、…おまえに掛かる火の粉は死ぬ気で払う。もう恩知らずでも何でも良い」
息の仕方を、一瞬忘れた。
前しか向かない強い人が今、真っ直ぐに私を見てたから。
遥か先のずっと上を見上げてた人が今、自力で登って行った険しい道を
私の所まで降りてこようとしてたから。
「火拳屋にも何も言わせねぇ。俺の出来る全てでおまえを支える」
私の存在は、こんな強い人に信念を折らせてしまうくらい
「俺にはおまえが、ウイが必要だ」
ローにとっても大きかった。
込み上げて来る熱いものが視界を滲ませる。
嬉しくて、悲しくて、満たされて、申し訳なくて
ごちゃごちゃなこの気持ちの名前が解らない。
「…違うの、本当に」
ローがあの時聞いてくれなかったからじゃない
ローに悪い所も足りない所も 何一つない
これ以上ローに 何かして貰いたい訳じゃない
「私…が、私には…ローが、眩しすぎるの。支えて貰って…調子に乗って、高望みしてしまったの」
私が強ければ もっと頑張れる人だったなら
きっとローに焦がれる気持ちが勝ったと思う
「ローがそう思ってくれるのも…ローの邪魔はしたくないけど正直嬉しい。でもきっと、ローの隣は私には…ツラ過ぎる」
私はどうしたって 父様に捨てられた自分の価値を信じられない
そうやって長い時間を過ごす内に捻くれ過ぎた心の拗れ具合も
距離は置いても誰かにもたれ掛かりたくて仕方なくて その度が過ぎるのも
ローに全部は見せられない
ずっと隠して頑張り続けられる気もしない
隠せたとしても絶対に それはツラい
「…わかった」
重いため息と一緒に、それは聞こえて来た。
傷付いたような、諦めたような顔と声に心と体がズシンと重みを増した。
「何もなければ…アイツバラしておまえ縛り上げてでもやりたいようにすんだがな」
何もって言うのは ドフラミンゴの…コラさんの事だよね?
そんな強行突破は嫌だしエースだって黙っちゃいないだろうけど…
ローも結構やるとなったらやっちゃう人だからな
これはきっと冗談じゃなくて もしもの話
「俺も曖昧さに胡座掻いて、我を通した。俺じゃ出来ねぇ事がアイツに出来ンなら…任せた方が良いんだろ」
ローに悪い所なんて一つもない
ローを好きでいられなかった私が弱いだけだ
でも上手い言葉が浮かんで来なくて、ただ黙って話を聞いてた。
「俺も俺で、おまえ抜きでやりてぇように生きる。だが…アイツに嫌気が差したら一応言ってこい。その時俺がどんな状況かは知らねぇが」
エースに嫌気が差す日なんて来るかな
もしそんな事があるなら私は、大分強くなれてるんだろうなって
起こりそうもない未来を想像した。
「おまえ以上はいねぇって…現時点では思ってる」
自分を偽るのはツラい時もあった
無理した事もあった
でも
尊敬して止まない素敵な人に こんな事言って貰えたなら
頑張って良かったなって
虚勢でしかなかったけど
でも
認めて貰えた気がして嬉しかった
「ローはもっと、ちゃんとしてて…ローすらも高め合えると思えるような素敵な人に、絶対必ず…巡り合うよ」
「どうだかな…」
私がエースを求めてしまったからと言って
ローが自分にその理由を探してしまうのは嫌で、私なりにそれを伝えた。
「本当に今でも…なれるものなら私はローみたいになりたいし、憧れてるし尊敬してる」
「…全く嬉しくねぇな。結果がこれだ」
でもそれすら空回りだ
本当に敵わない
「どうせ長居するつもりもねぇんだろ。…一応アイツらにも…それとなく伝えてけ」
「あの…!私これから、ローが嫌ならもう…ここには来ないよ!皆の事は大好きだけど!でもそれ以上に…ローに嫌な思いとか、苦しめたりとかしたくない…」
ベポも、シャチもペンギンも
エイジくんだって他のクルー達だってそう。
皆の事は大好きだけど、散々振り回したローに
幸せを願うローにとって
これ以上マイナスな存在でありたくない。
「アイツらどうせ…今後もおまえに会いたがンだろ。それとこれとは別の話だ。おまえのやりてぇようにしろ」
…判断を委ねられるって それはそれで実はキツいものがあるな
でもローはきっと キツさを味わわせようって魂胆なんてなくて
言葉のままに 私に好きにしろ それが正解だって言ってくれてる
「ちゃんと…話してくる。皆がどうしたいかはわかんないけど。皆普段はああでも…ローの事本当に本気で大好きだから」
「ならアイツらは態度と行いを改めるべきだな。…さっさと行ってこい。あの殺気は正直…良い気はしねぇ」
ローの苦虫を噛んだような視線の先を辿ったら、エースが凄い不機嫌そうにこっちを見てた。
ごめんねエース ありがとう
皆に話したらすぐ戻るから もう少し待ってて