陽炎/煉獄

「今日はよい天気だな!」
「そうですね」

煉獄さんの言葉に空を仰ぐ。空から注がれる光が眩しく俯くと、柔らかな風に吹かれ木漏れ日が幾何学的な模様をつくり出していた。

綺麗、と見惚れていたからだろうか。うつむいた拍子に吹いた突風が帽子を吹き飛ばしてしまった。

「おおっと」

空高く飛ばされそうになった帽子を煉獄さんが走り跳び捕まえた。

「よもやよもや、飛ばされたのが帽子だけでよかった。君まで飛ばされるかと」

目の前で太陽のように笑う煉獄さんに上手く応えられなかった。跳んだ拍子にシャツがめくれ、真っ白な腹筋が覗いたからだ。

「どうした?」

固まるなまえを不思議に思い顔をのぞき込んだ。

「! 顔が真っ白ではないか!」

どうやら私の顔は随分とひどいものらしい。隣で煉獄さんひどく慌てている。

「日に当たりすぎてしまったか?とりあえずあそこのベンチに座ろう」

そのまま手を引かれ座る。

「飲み物を買ってくる」

走っていこうとする煉獄さんの手を無意識に掴んでしまった。振り返った顔を見て自覚した。この人は煉獄さんであって煉獄ではない。喉から血反吐を吐くまで修練を重ねた人、あの日腹に傷を負った愛しい人はもういない。同じ顔なのに。
突きつけられた事実に打ちのめされる。
頭の奥でいつかの夏蝉の声が遠く響いた。


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