初恋/善逸

トッテ、テテテと独特な跳ねる音を耳がひろう。ぎこちない下手なスキップを踏む足音は、鳥が春の訪れを喜びさえずるかのような、はたまた暖かな空気に誘われ生き物たちが新たな季節にそわそわとしているかのよう。とくとくと胸を打つ心音はいつもより早く刻んでいた。
君の心が浮き立っているのは明らかに聴き取れた。

任務が終わり藤の家紋の家に立ち寄ろうと門の中をくぐった。しかし誰も出迎える者がいない。どうしたのだろう?と屋敷の周りをぶらりと歩いていると、何処かから、かすかに声が聴こえた。鈴が転がるような軽やかな、それでいて耳に残る声。俺の心を掴んで離さない音。

あっ!あの子もいるのか!

どうにか生きているけど身体の至る所痛みで疼き、なんで俺がこんな目にと沈んでいた気持ちがパァーと太陽の柔らかい光に照らされたかのようにほわりと暖かくなった。音を頼りにつたって行けば、男の鬼殺隊の背中と君の髪が見えた。君の表情は隠れていて見えないけれど、君が笑っている音がした。心にもやりと黒く渦巻く汚い感情が出る。ふと自分の手を見るとキズだらけ、おまけに木木の間を走り逃げていたから身体中葉っぱや泥がついている。うっわ、俺きたねえ。任務の後だから仕方ないけど、やっぱり好きな人の前でははばかれる。話したいけど今回は見送るかとそろりと忍足で遠ざかろうとすると

「おーい、善逸!」

と大きな声が響いた。突然名前で呼ばれびくぅっと肩が跳ね上がる。

「うおおぉひゃいいい!?」

変な声を上げてしまい、かあっと頬が赤くなるのを感じた。なんだよ、ひゃい!?て‥‥俺カッコ悪い。穴に埋まりたい。
恥ずかしさで地面を見つめていると顔をぐいっと上に向かされた。

「ごめんね善逸。突然声をかけて」

申し訳ない、と眉を下げる君にそんな顔をさせてしまったことが悔しかった、悲しかった。でもそんな君の後ろで男が笑っているのが見えて怒りがふつふつと起こる。

「いや、大丈夫だよ。それより俺に構っておいてあいつは放っておいていいの?君の良い人なんでしょ?」

ああ、そんなこと知りたくないのに。口からスラスラと出た言葉に嫌悪感を抱く。

「なっ!?そんなことないよ!」

慌てる君の音は嘘をついてはいなくて、焦りそして小さな悲しみが聴こえた。君とはただ楽しく話しただけなのに、いつまで経っても慣れやしない。自己嫌悪に陥っていると手を引かれた。なんで?と目を丸くさせていると

「今この家の人は外にいっているよ。手当てするよ」

有無を言わさぬ勢いで連れていかれた。手際良く治療していく指を眺めていたらいつの間にか終わっていた。

「はい!終わったよ!」

ぽんっと背中を軽く叩かれはっとした。治療部屋には二人しかいないことに気づく。先ほどのこともあり気まずい。沈黙が部屋を満たしている中で俺が口をはくはくとさせ悩んでいると君が先に口を開いた。

「ねえ、、さっき言っていた言葉は本心から?」

そんなわけ無いじゃん!冗談だよ とはぐらかそうと口を開こうとすると真っ直ぐな目と合い、言葉が喉に詰まった。汚く渦巻く心の奥底まで見透かされそうだった。

「うん、そうだよ。本心だよ」

ぽつりと溢すとそっかと小さく返された。そしてまた沈黙が部屋を支配する。

「ねえ、外に出ない?」

気分転換にと立ち上がった君に腕をひかれ立ちあがる。外に出ると柔らかな風が木々の間を通り抜けていった。爽やかな風に吹かれ頭の中がスッキリとした。君はあんなこと言っていたけどあいつは気があるんだよな と否定されてガラスが割れたような音を思い出し、ふっと笑いが溢れる。恋の敵は多し、こうなったら先手一勝だ。心に鞭を打ち、意を決して口を開いた。

「あっ、あのさ!?今度の休み二人でどこか行かない?」

口がうわ滑り盛大に裏返った。格好がつかないなあと君の顔を覗くと、口が半開きで驚いていた。そうか、そうだよな。ただの友達と思っていた奴に誘われたらな と思っていると、頬が赤く染まっていき、嬉しいと小さくポツリと言葉が落ちた。びっくりして嬉しいの?ときくと、うん!嬉しいと返ってくる。その笑顔が星のようにキラキラと輝いて見えた。君から聴こえてくる音は今まで聴いたことがないほど浮きたっている。

これは期待してもいいですか?

一目惚れした君は陽射しの中で朗らかに笑っていた。


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