君の未来に祝福を/善逸

「‥‥一体何処にいるのやら」

一寸の先も見えない暗闇にぽつりと零す。良いものが手に入ったからお裾分けしてやろうと赴いたのに、当の本人はおらず、屋敷を抜け出していた。
いつものことだ、気にすんな、と興味なさげにぼやく彼の兄弟子に善逸の居そうな場所を尋ねてここに至る。

「か弱き乙女に夜の山道を歩かせるなー!!」

片腕を空に伸ばして叫ぶと隣の木の枝がガサガサと揺れビクッと肩が跳ねた。横をそろりと向くとただの木があるだけだ。

「あ〜〜‥‥もう!!ほんとに許さないんだからっ」

闇に閉ざされた山道をほのかな月明かりと提灯を頼りに突き進む。びゅうっ、と夜風が吹き抜けた。少し肌寒くなった空気に秋を感じた。善逸はどこにいるのだろうか。もしや嘘を掴ませられたか。歩けど一向に変わらない視界にうんざりした。いやいや、あの人は善逸には当たりが強いけど私には優しいし、そんなことないだろう、と歩み進めていく。それからどれくらい経っただろうか。かなり歩いた筈なのに少しも変わらない景色に不安を抱えながらさ迷い歩いていると急に視界が開けた。

「‥‥見つけた」

ゆるやかな丘の上にきらきらと月あかりを受け星のように輝くものがいた。ただ月を見上げて佇んでいた。
こちらに向けられた背中から寂しさを感じふと思い出した。

「ねえ、どこを見てたの?」
「…、ん、何も」

善逸はたまに遠くを見る。遊んでいる時もこちらが如何に面白おかしく語りかけている時もふと世界から切り離されているかのような、遠い処に行ってしまうのだ。こちらがいくら尋ねてもはぐらかされる。

こちらが必死に探し出した今も善逸は違う処にいるのだろう。この事実に嫉妬を抱く。こうなったら驚かせてやろう、と忍足で背後から迫る。

「ワッ「ひぎゃああああああ」

ヒタと冷えた指を首に当てると、ビクゥと身体が跳ね情けない声が上がった。逃げようと駆け出した足がもつれ、思いっきり顔面から倒れた。

「いてててて、もう何なんだよ!なに!幽霊!?」

涙目であげられた顔が呆気に取られた顔になる。ポカーンと開けられた口に笑ってしまった。

「え?なまえ!?なんでここに居るの?」
「兄弟子さんに教えてもらった」
「うげっ!アイツが?」

兄弟子を口にした瞬間盛大に歪められる。兄弟子気にするより先に顔の汚れを取ろう、と手ぬぐいで泥を拭う。

「で、何しにここに来たんだよ」

不満そうに尋ねられ待ってましたと懐からとっておきを取り出す。

「ジャジャーン!とくとご覧なれ!」

得意顔で小瓶を掲げた。しかし善逸は不思議そうに見上げるだけだ。

「え?まさか知らない?」
「知ってるよ!!酒だろ?」

おちょくるように放った言葉に慌てた声が返ってくる。

「なんだ、わかってるじゃん。ぼけーとした顔してるからさ」
「はぁ‥‥で、それどうすんの?」

疲れた顔ではあっとため息をつかれ、胡乱気に見られる。そんな善逸にキメ顔で返す。

「もちろん!飲むに決まってるだろ!」

地面にどかりと座り、懐から布を取り出しくるまれたお猪口を取り出す。二つのお猪口にとぽぽぽと流し入れ、はいと手渡す。
善逸は手元の杯を眺めるだけであった。一向に口をつけない善逸に

「どうしたの?呑まないの?まさかお酒初めて?」
「‥‥ああ、初めてだよ。今までの境遇から酒なんて飲めなかったし」

指が揺らされお酒がとぷりと揺れる。月の逆光で善逸の顔が見えない。杯にはどんな表情が浮かび上がっているのか。それは本人しかわからなかった。
それがまた癪に触り手元の杯をぐいっと仰ぐ。急に仰いだなまえに善逸がギョッと顔をあげた。

「っ、ぷは。ね!善逸も飲みなよ」

その言葉につられぐいっと仰いだ。喉仏が上下するのを横で見上げる。彼にはまだ強すぎたのか。顔が赤く染まっていく。中身が空になった杯が下ろされたのを見て口から笑いがこぼれた。

「ははっ、これで善逸も共犯だ」
「えっ!?なに!これ飲んじゃいけなかったものなの?」

はあっと息をついたつかの間ぎょっと振える。お母さんからちょっと拝借した、と悪びれもせずカラカラと笑う私に善逸は肩を落とした。なんで俺素直に飲んじゃったの‥‥嫌な気はしてたんだよ、とぶつぶつ言う横顔に一言投げかける。

「誕生日おめでとう、善逸」

一瞬キョトリとした表情からみるみるうちに頬が赤くなる。花が開くように笑みが溢れる顔は向日葵みたいで好きだなと感じた。

「善逸はこの先きっとみんなに愛される人になるよ」

そうかな、と小さく溢れた声にそうだよと言葉を凛と返す。

二人しかいない静かな丘に嗚咽が響いた。


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