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やっちまった。
今時の学校の先生ってのはやっかいなもんで、教え子とキスなんて一大事だ。
明らかにオレが部屋に入れたのが間違いだ。

「銀八」
「お、お、おい待て待て待て。落ち着け。ほら深呼吸」
「うるさいな」
「っ」

一応オレも年相応に経験はある。
ある、けど何これ。
女子高生から不意にキスをされるなんて経験はない。しかもさっきと今で二度目。ついでにめっちゃ美人。いや、美人、美人だよ、でも落ち着こう。反応するんじゃない、オレの身体。素数。素数を数えよう。

「だ、だめだめ!離れて離れて!」

全身の理性を集めてなんとか名字を離した。
むーっとした顔をしている。
化粧なしでもツルツルの肌。朝日に照らされて輝く髪の毛。くるりとした長い睫毛に芯のある瞳。
惹き付けられる‥じゃなくて‥

「大人をからかうんじゃない」
「‥か、からかってない」

名字はうつむいてか細い声を出した。何だよ、まさか、まさかだけどコイツ本気なんだろうか。

「‥はぁ、じゃあ、なに?」

そんな名前にオレはため息まじりにまた冷たい声と視線を送る。
大人になるとこういう演技も容易い。そう、演技。本当は心臓爆発しそう。
でも期待を持たすことをさせてはいけない。ここは突き放さすのが優しさだ。

「っ」

名字は顔を赤くして部屋を出ていった。

(はぁ‥‥)

ため息をつく。
そして再び思う。
部屋に入れたのが間違いだった。

名字の眼差しがずっと頭に焼き付いていた。

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景色が変わったように見えた。

(見えただけで気のせいだったのかもしれない)

銀八の家を出るとすっかり朝日が登って皮肉にも綺麗な青空が広がっていた。

先程勢い余ってキスをした。
因みに私のファーストキス。

ふられた。
これだけのことだ。恋だの愛だの馬鹿にしてた私が泣くなんておかしい。おかしいと思いつつ、悔しいと流れる涙をぬぐった。

(ちくしょう)

信じられるのはお金だけだったはずだ。何だか最近自分が変で道を踏み外してしまったようだ。元に戻らないと。普通のありふれたつまらない毎日を送らないと。私にはそれが合っている。

その日学校に死ぬほど行きたくなかったが休んで銀八に何か思われたら癪なので、家に帰って制服を着て普通に登校してやった。

銀八も何事もなかったように出席をとり、いつも通りホームルームを行う。

机に頬杖をついて銀八を眺めた。気だるげに動く唇を私は先程奪ってしまった。

(あーぁ駄目だ)

やっぱり私の景色は変わった。
銀八が目に映るとキラキラしてしまう。

(あんなただの白髪のおじさんなのに‥)

もうつまらない元の生活には戻れない。

「ぎ、銀八!」
「‥‥名字」

放課後屋上でタバコを吸う銀八に話しかけた。
さっき部屋で見せた冷たい目線を送ってくる。でも私は負けない。つまんない日々は終わったのだ。銀八を見ると景色が、キラキラしてる‥。

「‥景色が」
「え?」
「景色が変わったの。ぎ、銀八のこと、考えたら」
「え?なに?」
「私どうしたらいい?」
「いや、ちょっと落ち着け。ここ、学校だから、ね、ね、名字?」
「落ち着いてる」
「はい?」
「だから!銀八のこと‥!」
「待て待て!ちょ、こんな公共の場じゃっ‥」

銀八の手によって口を押さえられた。
銀八の冷たい目は色を取り戻し、額にうっすら汗をかいている。心なしか頬も赤い。

「っはは!銀八、赤いっ」
「うっ、うるせぇ」
「ねぇ。大人のふり、やめてよ」
「っ〜」


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