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学校という狭い世界に囲われた中で生きてる女子高生がオレに憧れてしまっても、それはただの勘違いだ。

つまり今朝のアレはアイツからしたら将来の黒歴史の一頁になるだけのもので、ここで変な気を起こしちゃいかんいかん‥。

深呼吸をし、いつも通りスーツを着て適当にネクタイを結び学校へと出勤した。
あわよくば名字休んでくんねぇかなぁ、なんて思いつつ、アレ普通に来てやがる。
しかも何か視線を感じる‥‥って思ったら何度かホームルーム中噛んじまった。

いやいや、オレ別に動揺とかしてないよ?いい大人だから普通の表情作れるし話せる‥。

そんなこと思いつつ放課後、屋上でゆっくりタバコを吸った。正直に言おう。今朝の名字にオレの心は惹かれてしまった。
色んなこと背負って強く生きようと必死に頑張る姿に愛しい、と思ってしまった。
出来るならそりゃオレが守ってやりてぇけど、若い上にエライ美人なアイツにはまだまだ素敵な出会いが待ってんだ。
オレなんかが立候補したとこで名字の為にはならない。

オレの理性、よく頑張ったぞ。その調子で今後とも宜しく‥。

(畜生‥)

そう思いつつ頭の中が名字でいっぱいだった。

そんな事考えてたら突然名字に話しかけられた。

高鳴ってしまう心臓とは裏腹に冷たい態度をとる。

でもそのあと言われんだ。

「ねぇ。大人のふり、やめてよ」

バレてた。 オレ大人という仮面が取れるとただの生徒に惚れちまった愚かな男なんですけど‥‥どうしよう。


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と、いうわけで再び私は銀八の部屋にいる。

堂々と屋上で告白してやろうと思ったけど、
銀八が「この件については人目につかないとこで話さないと」的なことをウダウダ言うので
「じゃあ銀八の部屋がいい」
と言ってみたら案外受け入れられた。

「先にいっておくけど」

銀八がコーヒーを持ってきてくれた。

「もしお前がオレに憧れてるなら、それはただの若さゆえの過ちだ」
「は?」
「まだ世の中の男を知らねぇだけだよ。お前にオレみたいなんは勿体ねぇ。これからだよ、これから」

銀八はズズ、とコーヒーをすする。

「‥違うよ」
「違わねぇよ」

私はブラックコーヒーが飲めない。当たり前のようにブラックコーヒーを飲む銀八がむかつく。
当たり前のように私のキラキラした気持ちを過ちだという銀八がむかつく。
当たり前のようにまた冷たい目して大人ぶる銀八がむかつく。
その目は知ってる。出ていく前の母ちゃんと一緒。私を置いていった女と一緒の、大嫌いな大人の目。

「じゃあ銀八は!私のこと何とも思わないの!?」
「‥ただの生徒だ」
「じゃあどうしてまた部屋に入れたの!?」
「‥‥」
「大人のふりしないでって言ったじゃん」

むかつく。むかつく。
涙が出てきた。こんな泣いて子どもみたいに感情的に怒鳴る自分にもむかついた。

「‥おい、泣くなよ」
「っ、‥‥女の武器は涙」
「なんだそれ、強ぇな、お前は‥」

私は母がいなくなり一人になって、強く生きようと決めたから。そんじょそこらの女よりは強いはすだ。
でも強さの代わりに毎日がつまらなくなった。同じ景色。同じ日々。貯まるお金。

それを動かしたのが銀八。

「銀八が、私の毎日を変えたの」
「何だよそれ」
「毎日、景色キラキラしてんの」
「‥‥」
「お願い。この気持ち間違ってるなんて、言わないで‥」

止まらぬ涙をぬぐう手がびしょびしょになってしまった。
悔しい、私は自分の想いを伝えるのがこんなに下手くそなのか。

「もう、降参だわ」

上からそんな声が降ってきた。
身体がきつい。
抱き締められている。

「体当たり強すぎ。先生もう降参」
「え‥」
「大人のふり、やめた」
「銀八?」
「だから名字も強いふり、やめろよ」
「っ、」

涙がもっと溢れてくる。
私は強い、そう思っていたが強がっていただけなのかもしれない。全身の力が抜けて初めて自分に力が入っていたことに気づいた。

誰かに抱き締められるのはいつぶりなんだろう。人の体温ってあったかいんだな、そう思い目を閉じた。

深呼吸をすると銀八と呼吸が重なる。
銀八の肩は思ったより大きくてゴツゴツしていた。でもすごく甘い匂いがして安心する。
涙でまぶたが重い。まばたきの度に景色がピカピカした。

「先生。好きです」
「‥‥ここで先生とか言うなよ。確信犯か?いい加減オレの理性がどっかにいく、、」
「え、なに?」
「いや、オレも好きってこと‥、、あーもういい大人に好きとか言わせんなよ恥ずかしいから」
「銀八、可愛い」
「なんだよそれ‥言っとくけどオレもうおじさんだからな。タバコで肺はボロボロだし、糖も‥」
「あはは、いいよ」
「教師ってのは安月給だしよぉ、休みもそんなねぇし」
「いいってば。ねぇ銀八」
「それに‥、ん、何?」

抱き締められたまま銀八の顔を見る。
近くで見る銀八の顔はやっぱりチカチカと眩しいくらい輝いてる。
銀八のかけてる眼鏡をそっと外した。眼鏡がないと意外にあどけない顔立ちをしている。

「好き、大好き。ありがとう」

好きも、ありがとうも今までない感情なのに、自然に自分の口から出てきたのが不思議だった。

銀八は顔を真っ赤にして笑った。


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