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皆で歩く帰り道の途中で「ちょっと二人で話しやしょう」と言われ、近藤さん達と別れてカフェに入った。


「コーヒー飲めるかィ?」
「は、はい」

当たり前のように二人分コーヒーを頼んで持ってきてくれる。黙っていれば本当に王子だ。
カフェの店員さんも心なしか少し頬を赤らめている。

「あ、いくらですか?」
「こんくらいいいでィ」


入学して2ヶ月。
まさかこんなスクールライフを送るとは誰が想像しただろうか。


「なんで…私なんですか?彼女なら、他の子でも…もっと可愛い子とか…」
「んー、直感でさァ」
「え」
「今日お前のオレを品定めする威圧的な態度見てコイツならオレの彼女のふり務まるかと思ってねィ。」
「い、威圧的なんて」
「女の執念は怖いから人気者のオレの彼女は色々大変だろうけどねィ。まぁお前の威圧感があれば大丈夫でさ。せいぜいオレを守ってくだせェ。」
「……沖田さんって優しいか優しくないか分からないんですけど」
「失礼でさァ」
「おかげで沖田さんのファンだった私の友達と連絡つかなくなっちゃったんですけど」
「それまでの友情だったってことでさ。離れられて良かったじゃねぇか。」
「……」


友達とはメールをしても電話をしても繋がらなくなった。

「とりあえず外ではイチャコラして下せぇ」


私、堪えられるだろうか。





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沖田さんと運命的な出会いをして2週間がたった。

王子に溺愛の彼女が出来たという噂はどんどん広がり、最初の三日間は休み時間に噂の彼女はどんなもんかと私を見に教室にはギャラリーが集まった。

王子ファンだった友達は気持ちの整理がついたのか、はたまた連日パンダのようにじろじろ見られる私に同情したのか分からないが「大変そうだね…頑張れ…」と声をかけてくれた。

もしかしたら色んな女の嫉妬の対象となる彼女なんてポジションよりも、遠目から見るのが1番だったんだなと思ったのかもしれない。



「へい、マイスイートハニー。帰るでィ。」
「お、沖田さん…部活はどうしたんですか?てか、目立つからクラスには来ないで下さいって!」
「今日は休みでさァ。デート行くぜィ。」

沖田さんがクラスに現れた。教室中の生徒が私達に注目する。
焦って変な汗が出る中、皆が見てる前で手を掴まれ教室を後にした。


「愛しの彼氏が来たらもっと嬉しそうにしなせェ」

この2週間毎日一緒に帰り、時にはカフェやゲーセンでデートをし、少しずつ沖田さんの事が分かってきた。

性格がドSなこと。色が白いのを少し気にしてること。面倒なことが嫌いなこと。手が冷たいこと。そして、近付くといい匂いがすること。


「今週末大会でさァ。彼女としてちゃんと見に来いよ」
「はいはい」
「最近お前オレの扱いが適当でさァ」



剣道部は今までうるさかったギャラリーが消え、練習はすこぶる順調なようだ。

近藤さんや土方さんに「名前ちゃんのおかげだな」と言われる度に少し胸が痛む。
本当は沖田さんの策略なのだ。
それでも感謝をしてもらえてる以上、自分がこうやって彼女という立場を演じてるのも意味があるなと実感出来た。

じろじろ視線を浴びたり、陰口を言われたり、色々と大変な事はあるがそれも慣れてきた。


「あれ」


沖田さんと帰ろうと下駄箱を開けたら革靴がなくなっていた。
革靴の変わりに画ビョウと「別れろ」と書かれたメモが沢山入っている。

分かりやすい嫌がらせだなぁ、そうため息をついた。


「うーん…困った」

一応辺りを見回すが革靴はなさそうだ。

「どうしたィ」

沖田さんがなかなか来ない私を待ちきれず顔を出す。


「おー随分古典的にやられてるねィ」
「私いつか刺されたりしないですかね」
「まぁ今日はこれ履いときなせェ」


沖田さんはそう言って自分の革靴を脱いで私に渡してきた。


「でけぇけどまぁ大は小を兼ねるだろ」
「いやいや、沖田さんはどうするんですか」
「オレぁ別に上履きで帰りまさ」

頭をわしわしと撫でられた。

沖田さんは本当の気持ちは口にしない。これもこの2週間で分かったことのひとつ。
多分いまの頭わしわしは、オレのせいでごめん、って意味だろう。



お言葉に甘えて沖田さんに手を引かれながら大きい靴でかっぽかっぽと帰路についた。

いつもよりぐんと歩くのが遅くなるが黙って私に合わせて手を引いてくれる沖田さんは優しくかっこよく、久しぶりに王子というあだ名を思い出す。

「なに赤くなってるんでィ」
「え、いや、私赤いですか?」
「頬っぺた赤いぜィ」


突然振り向かれ意地悪そうに笑われた。頬に手をあてられる。

「か、風邪気味なのかな」
「ふぅん」



ヤバい。
私は沖田さんに惚れるわけにはいかないのだ。
彼女のふりという役割を全うし、剣道部の平穏を守ってあげなければ…謎の使命感を思いだし、一生懸命顔の赤みをごまかした。



「靴屋行って新しいの買いますかィ」
「そうですね」
「ピッタリのサイズ探してやりまさ、シンデレラ」
「や、やめてください」


大きすぎる靴が歩くたび規則的に音を鳴らす。

その音をBGMに二人でゆっくり靴屋へと向かった。
このまま着かなくてもいいのにな、と少し思ったがその思いが強くなる前に心の奥にしまっておいた。


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