3

高杉に会いたい。
早く、早く会いたい。


銀八と別れて家へと向かう。
無我夢中で走っていた。
息が切れる。
心臓は高鳴り、ばくんばくんと今にも口から出てきそうだ。
はあ、はあ、と酸素を取り込み、肺がひゅーひゅーと音を鳴らしながら大きく膨らむ。
頬っぺたの表面を風が切ってピリピリした。


向かうは自分が本当に好きな人のところへ。
並んだ私と高杉の部屋。
私の家の隣にひとりぽっちで住む高杉。
そう、
同じマンションのお隣さん。
10歩の距離にも満たない私の隣人。


早くあの部屋の扉を開けたい。
何か用かよ、と聞いてくる高杉に、好きだと伝えたい。

伝えたら高杉はどんな顔をするのかな。
照れた顔して笑ってくれるかな。

ぎゅっと抱きしめてくれるかな。



(早く、早く‥ー)




「名前!!!」



横断歩道を渡るところで背中の方から名前を呼ばれた。

反射で振り向こうとした瞬間、強い衝撃で視界がぐにゃっと歪んだ。


「‥えっ?」


キキーッ、

同時に急ブレーキの音が耳に突き刺さる。

誰かに突飛ばされたようだ。
私の身体は前に目一杯に押し出されて転がった。
突如顔面に現れたコンクリートもバサッと広がる髪の毛も、反転する景色も全てがスローモーションにうつる。

一瞬、周りの色がなくなり目の前すべてがモノクロに見えた。


「‥っ」


顔から歩道へと突っ込んだ。
それでも勢いは止まらずそのまま身体ごと二回転し、柵にぶつかりようやく止まった。
頬や膝から血が流れ出る熱と全身の痛みを感じる。


「っ痛ぅ‥」

閉じた目を開けるとトラックと、その近くで倒れている男が見えた。

倒れている男は私と同じ高校の制服を着ている。
黒い髪がべしゃりと道路にしなだれて、その周りに赤い血がペンキのように跡をつけていた。



「‥‥‥うそだ」


前にもあった。
こうやって心臓が凍りついた時が。
目の前に広がる光景を、現実を、捨ててしまいたいと思った時が。

そうだ。
あの時もトラックと‥そしてまだ小さな高杉が倒れていたんだ。


「‥うそだ。うそだ。うそだ」



今倒れているのは、高校3年生になった高杉。


やっと気付いた私が幸せにしたい人。





つづく



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