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部屋の扉をノックして部屋に入った。


「わりぃな。鍵までかけて」

女はまだ泣いていた。
瞼が赤く色づき、長いまつげが涙に濡れている。その姿にまた罪悪感を感じ、同時に少し心臓がドキッと動いた。


「お前、まだ泣いてんのな。名前教えろよ。呼び方に困る‥」

こう言ってもっと優しい言い方をした方が良かったかと少し後悔がよぎったが、とりあえず持ってきたチョコレートを渡した。

女には甘いもんで心を開かせるのが1番かと思ったのだ。


「言ってくれねぇと釈放も出来なくなるからよ。それでもいいのか?」
「‥‥名前」

女は受け取ったチョコレートをじっと眺めながらポツリと呟いた。


名前という女はどこか不思議だった。
少女と呼ぶにはどこか色気があり、大人と呼ぶにはまだあどけなさが残る。

流れる涙で瞳は潤み、見てはいけないものを見ている気分になった。


「名前は剣を習ったことがあんのか?」
「少しだけ」


答えないと釈放できないと言ったのが効果があったのか、名前は少しずつ会話をしてくれるようになった。
いや、好きな食べ物にチョコレートと答えたからチョコレートが効いたのかもしれない。

しかしそれでも、住所や少し突っ込んだ話になると頑なに無言を貫いた。


「今日のことは悪いと思ってる。せっかく人助けしたのに、こんなとこ連れてきちまって」
「‥」
「助けた女も感謝してるだろうよ。しかし、やっぱり女一人で出歩くのはあぶねぇな。江戸も昔と違って意味わかんねぇ天人とかいるしよ」
「‥」
「それに伴ってよ、テロリストも増えてるんだぜ。高杉って男の目撃情報も入ってんだ。とりあえず名前も一人でフラフラ歩くなよ」
「た、高杉‥」
「おぅ。ヤツは過激派でこっちも手ェ焼いてんだ」


何となく名前みたいな女を一人でフラフラ歩かせてたら、天人もテロリストも、いやそこらへんのゴロツキでさえ狙ってしまう気がした。

気をつけて欲しい気持ちもあり何となく説教じみた事を言ってしまう。



しばらく名前は黙っていたがおそるおそる声をかけてきた。

「その高杉って人はどんな人なの?」
「知らねぇのか?そりゃ一般人は知らないよな。テロリストだよ。片目に包帯をしてるから見りゃすぐ分かるさ。目撃したらすぐ逃げて通報してくれよ」


高杉晋助
たまに目撃情報が入るが全然足が掴めない。
ほとんど変装もしねぇのに派手なことばかりしてくれる。それなのに捕まらない点からヤツのレベルの高さが窺えた。
目撃情報は仲間といたり、遊女といたり。何年か前は幼女といたというのもあった。
ヤツの守備範囲は幅広いようだ。


はぁ、とため息をついてタバコに火をつけた。
煙を吐くと名前の嫌な顔が視界にはいる。

「あ、わりぃな。クセでよ」


眉をひそめた名前と目が合うと、また心臓がドキッと動いた。



つづく


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長夢
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