君の知らない夜の話
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早いもので私のキャバ嬢生活も残すところあと1日、つまり今日で最後となっていた。
2週間毎に組まれるシフトのうち私が出勤予定だったのは五条さんが初めてお店に来た日を入れて5日分だけで、今まではそこに出勤出来そうな日があれば追加してもらう形でやっていたが、五条さんに追加の出勤は禁止されてしまったので決まっていた分しか出勤していない。
五条さんは宣言通り初めて来た日から3回連続でお店に来てくれていたが、4回目となる一昨日の出勤日は任務が地方、しかもハプニングが続出したとかでかなり長引いたらしく、終わったと連絡があったのは日付が変わる頃だった。
結局その日五条さんはお店に来れなかったが、その代わりに大量のメッセージが届いていた。
仕事が終わったと送迎車の中からメッセージを送ればすぐに電話が掛かってきて、触られていないか、とか、変な奴はいなかったか、と執拗に聞く声は普段より低く、明らかに機嫌が悪い。
一生懸命弁明してやっとの思いで納得させた頃にはアパートに着いていた。
翌日、濃ゆい隈をこさえゲッソリした様子の伊地知君が大量の報告書を捌いているのを見付けた私はエナジードリンクを差し入れした。
伊地知君曰く、昨晩の五条さんはすこぶる機嫌が悪かったらしい。
トラブルが頻発し、時間が掛かると分かるや否や辺り一帯を更地にしかねない勢いだったとか。
その様子を想像しただけで身震いしてしまう。
そろそろ伊地知君の胃が心配だ。
そんなこんなで迎えた最終日の今日は有難いことに来店予定が詰まっていて、どうしても外せない予定がある、と言ってきっちり定時に仕事を終えた私はいつもより時間を掛けて準備をした。
ちなみに、最後だからと茂部さんから同伴出勤に誘われたが、五条さんに確認してみると当たり前の様に禁止されたので適当な理由を付けて断った。
"そんなヤツより僕と同伴しよ、最後だし"と言っていた五条さんはまたしても任務が長引いているらしく、店に着くのが遅くなるとメッセージが入っていた。
別に忙しいなら来なくて良いのにな、とは思っていても決して本人には言えない。
五条さんの言い付けをしっかり守っている私は、最終日の今日も胸元の詰まったミニすぎない丈のドレスにストッキングを履いてフロアに出た。
最終日くらい1番お気に入りのドレスを着たかったけど、アレは中々胸元が開いているしスカートも結構短くて多分、というか絶対五条さんが怒るので安牌なドレスを選んだ。
可愛いけどちょっと地味なんだよな、と思っているとお店のドアが開く音と"いらっしゃいませ"という声が聞こえてきた。
開店と同時に入ってきたのは茂部さんで、それから続々と私のお客さんがやってきた。
約3ヶ月という短い間しか働いてなかったのに、お花やプレゼントを持ってきてくれるお客さん、シャンパンを卸してくれるお客さんなど皆とても良くしてくれて、店長には"本腰入れてやったら絶対凄く売れると思うのに。勿体ないなあ"と言ってもらい、私のキャバ嬢最終日は順調に過ぎていった。
◇
日付が変わる頃には随分お客さんも減っていたが、店内はまだまだ騒がしい。
五条さんはというと未だ任務が終わったという連絡すら無くて、もしかして今日は間に合わないかも、と腕時計を確認した時、店内が僅かに騒ついた。
茂部さんの席に着きながら何事かと辺りを伺っていると黒服に呼ばれ席を立つ。
「名前さん、お客様です。…五条さんって言ってるんですけど、名前さんのお客さんで五条さんって1人しか居ないですよね?」
「え?そうですけど…」
言葉の意味がイマイチ分からなかったが、ソファに座る五条さんの姿を見て先程の騒めきも黒服の発言にも納得がいった。
今日の五条さんはいつもの仕事着ではなく私服なのだ。
目元を隠しているのも漆黒の布では無くサングラス。
その姿はさながらモデルや俳優のようで、とても一般人には見えない。
あの不審者ルックとこの姿は結び付かないか、と五条さんを食い入るように見る黒服を見て苦笑する。
かく言う私も五条さんの珍しい姿をまじまじと見てしまった。
学生時代には私服も度々見ていた。
サングラスだって当時とは形が違うがあの頃は毎日それで過ごしていたのだから見慣れている。
その筈なのに緊張するのは、プライベートの五条さんを見るのが随分と久しぶりだからだろうか。
「遅くなってごめん。思ったより長引いちゃってさ」
「そうだと思いました。大丈夫なんですか?お疲れじゃないですか?」
「まぁ疲れてるけどオマエの可愛い顔見たら元気出たよ」
「か、かわ……!」
その綺麗すぎる顔でさらっとそういうことを言わないでほしい。
只でさえここ数日の私は五条さんを意識してしまって変なのだ。
「ふ、そんなに驚く?」
「や、だって……そういうこと言われ慣れてないし、五条さんに言われると、恥ずかしくて……」
「……はぁー、本当そういうとこだよ、狙ってやってんの?その顔」
「え、どういう──」
「お話中失礼します。名前さん少々お借りしてもよろしいでしょうか」
私の疑問は黒服によって遮られ、答えは聞けないまま"行ってらっしゃい"と手を振る五条さんに促され席を立った。
全く自覚は無いけれど、もしかしてめちゃくちゃ変な顔をしていたのかなぁ、と頬を触るとそこは僅かに熱かった。
◇
「マジ有り得ない」
「まぁまぁ……仕方ないですよ。五条さんにしか出来ないこといっぱいありますし」
「……だとしてもでしょ。今日長引いたって知ってんのにもう呼び出されるとか酷くない?人使い荒すぎだっての」
そう言って溜息を吐いた五条さんは渋々、黒服にチェックを告げていた。
来店して1時間も経たないうちに震えたスマホを見て"嫌な予感がする"と言って無視を決め込もうとする五条さんを説得し電話に出させると、案の定呼び出しの電話のようだった。
"そんなの七海で良くない?"、"それくらいなら恵でもイケるでしょ"と暫く駄々を捏ねていたが、最終的に諦めたらしく"ハイハイ!行けば良いんでしょ!"と言って通話を切っていた。
会計を済ませた五条さんは"仕事終わったらちゃんと連絡してよね"と言い残しまた任務へ向かっていった。
本来、こんな所で油を売っていていい人じゃないんだよな、と改めて思い知らされる。
しかし多忙な五条さんを私のバイトに付き合わせるのも今日で終わりだ。
五条さんがお店に来ることは監視されているようで息が詰まるし正直言って嬉しいことではなかったが、私を心配するゆえに時間を作ってくれていたのは理解している。
改めて後日、何かお礼をしよう。
そう思いながら黒服に急かされるまま次のテーブルへと向かい歩き出した。
◇
その後滞りなく時間は過ぎていき、気が付けば閉店まで10分となっていた。
店内には茂部さんと他の女の子のお客様の2組だけ。そろそろ帰ろうかな、と言う茂部さんに頷いて黒服を呼ぶ。
いよいよ私のキャバ嬢としての仕事も終わりだ。
会計を済ませた茂部さんにこれまでの感謝を伝えて丁重なお見送りを終えるとドッと疲れが押し寄せてきた。
店長や黒服にもこれまでの感謝を伝え、眠い目を擦りながら更衣室で帰り支度をはじめる。
ドレスを脱ぎスキニーパンツに足を通した時、スマホが震えた音がした。
五条さんかな?と画面を確認するとそれは茂部さんからで、
『このあと少しだけ話せないかな。本当に少しだけで良いんだ。帰りのタクシー代は出すから』
とメッセージがきていた。
茂部さん相手に警戒心のようなものは無くて、出勤の度にほぼ顔を出してくれたことを抜きにしても優しくて話も面白い茂部さんはお客さんの中で特別な存在だった。
同伴を断ったという負い目や、この先恐らく一生会うことはないのだと思うと少しくらいなら、と思うが、即答出来ないのは五条さんの顔が浮かんでしまうから。
同伴ですら"ダメに決まってるでしょ。聞かないと分かんない?"とご機嫌斜めだった五条さんにお伺いを立てれば、間違いなく"ダメって言わないと分かんないの?馬鹿なの?"くらい軽く言われるに決まってる。
着替えながら悩んだ結果、五条さんには言わなきゃバレないだろう、という結論に至り『大丈夫です』と返信した。
◇
「ごめんね、仕事終わって疲れてるのに」
「いえ、全然大丈夫です!同伴お断りしちゃったし、今日は茂部さんとゆっくり話せなかったなって私も思っていたので!」
「ありがとう。本当に名前ちゃんは優しいね」
茂部さんに指定されたのはお店の近くにあるBARだった。
お店の近くということでアフターでよく使われているらしいが私は一度も来たことがない。
別世界に繋がるように地下へと続く薄暗い階段を下って重たい扉を開けると、カウンターの隅に座る茂部さんが目に入った。
あちらも私に気付いたようで手を挙げている。
程よく雑音が響く如何にもな店内を観察しながら隣に座れば、そこには既にカクテルグラスが置かれていた。
「あの、これは…?」
「ああ、名前ちゃんが来る少し前にここのオススメだっていうカクテル注文しておいたんだ」
「あ、ありがとうございます……」
目を離した飲み物を飲んではいけない、というのは当たり前の事だろう。
私も普段はそこそこ気にしているつもりだが、屈託のない笑顔で勧められると、どうにも断りづらい。
茂部さんは良い人だから大丈夫、と頭の中でもう1人の自分が囁く。
知り合ってたった3ヶ月しか経っていない人間を良い人だと断定するのはあまりにも短慮だ、と分かっているのに、信じることにしたのは断り切れないことへの言い訳だ。
さぁ、とカクテルを勧める茂部さんはいつもと変わらない、人好きの良い笑顔を浮かべている。
いただきます、と言ってから口を付けたカクテルはオススメだと言うだけあって確かに美味しい。
"ヘンな味"もしないし懸念していたことは無さそうだ。
少しでも疑ったことに罪悪感を抱いた私は勧められるままにアルコールを流し込んでいく。
2杯目を注文する茂部さんの声を聞きながら、元々明日は休みだし多少酔っ払っても大丈夫か、と安堵しつつ、このことを五条さんが知ったら、と思うと胸がちくりと痛んだ。
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