10.
結果から言うと、久々の合コンは思っていたより楽しかったし、撮った写真を共有するという体で作られたメッセージアプリのグループに参加するくらいには、満更でも無かった。
最後にこういった飲みの場に参加したのはもう5、6年前も前で、あの頃は気疲れするだけで楽しいなどと思えなかったが今日はそれなりに楽しむことができた。
社会人経験のお陰か、それともキャバクラで働いたお陰なのかは分からないが、そのどちらも無駄な経験では無かったということだ。
とにかく、憂鬱だった数時間前には想像もできなかったくらい楽しんだ私は、二次会にも参加するつもりで1軒目の軒先で行われている二次会の店決めに参加していた。
多数決の末、行き先がカラオケに決まった丁度その時、見覚えのある黒いセダンが数メートル先に停まったのが見えた。
五条さんが乗っていた車によく似てるな、と思ったが、何も世界に数台しかない希少な車と言う訳ではないし、同じ車種の車が街中を走ってる姿を見たこともある。
五条さんが乗ってたら凄い偶然だな、と思ったが、流石にそれは無いだろう。
会社前で再会を果たした日然り、虎杖君と靴を買いに行った日然り、五条さんはいつも突然現れる。だけどそれが嫌じゃない自分が居る。
今頃はもう夕飯も済ませて自由に過ごしているだろうか。
それとも忙しい人だから仕事中だろうか。
気が付けば頭の中は五条さんでいっぱいで、こんな時にまで五条さんのことを考えている私って結構五条さんのこと好きなのでは?と思った時、黒いセダンの後部座席のドアが勢い良く開いた。
不躾にジロジロと見ていたのがバレないよう体ごと目を逸らしたが、名前ちゃん!とよく通る聞き覚えのある声が聞こえて視線を戻すこととなった。
「やっぱ名前ちゃんだ!似てる人かと思ったけど…良かったー!」
「猪野さん!凄い偶然ですね!お久しぶりです」
「ごめんな、急に声掛けて。飲み会?」
「あ、そうなんです。今から二次会行こうかって話してて」
「マジか。あー…名前ちゃんさ、本っ当に申し訳ないんだけど、このまま抜けれたりしねぇ…?」
申し訳なさそうに手を合わせる猪野さんが私の背後に目をやったので振り返ると、先輩達が好奇の目で見ていた。
「あ、すいません。私の知り合いです。…えっと、猪野さん、どうしたんですか?」
「いやさ、実は車ん中に五条さんも居るんだけど珍しく潰れちゃって。もう全然話になんねーのよ。あの人俺達が家ん中入るの嫌がるからマンションの暗証番号知らねーし聞いても教えてくれなくてさぁ…俺ん家か事務所に泊まらせっかなと思って提案したら家に帰るって聞かねーし困ってたんだよ。唯一勝手に家ん中入れる夏油さんは電話出ねーし…で、困ってたら名前ちゃん見付けて、そうだ名前ちゃんなら家ん中入れんじゃん!て思ってさ!…そんなわけだから今から一緒に五条さん送ってくの手伝ってくんないかな…?」
「…それ、私が断ったらどうなります…?」
「んー…不機嫌になった五条さんに俺がボコられる…?」
「は、はぁ?!冗談ですよね…?五条さん確かにちょっと我儘なところありますけど流石にそんなことは…」
「するよ普通に!普段は俺達には理不尽にキレること無いけど酔ってると厄介だからなぁ…」
「何と言うか、私の知らない一面…ですね…猪野さんが殴られてしまうのは後味悪いので、良いですよ。五条さん送り届けましょう」
「マジで!ありがとうー!助かる!んじゃ、俺先に車戻ってるから!あ、お邪魔しましたー」
数メートル離れた距離から様子を伺っていた先輩達に会釈した猪野さんは小走りで車へ戻って行った。
「すいません…ちょっとのっぴきならない用事が出来てしまいまして…私ここで帰りますね。」
「それは良いけど……アンタ、あんなチンピラみたいな人と知り合いだったの?とてもそういう人種と縁があるようには思えないけど」
「あ、あー…そうですよね、ちょっと見た目がアレですけど、えーと、私のお父さんの知り合いの息子さんで…」
「"変な"人じゃ無いんでしょ?」
「違います!普通の…か、会社員です!」
「…そ。なら良いけど。今ほら、会社色々煩いから付き合う人は気を使った方が良いわよ。」
「はい…。今日は本当にありがとうございました。楽しかったです。お先に失礼します。」
高圧的な先輩の態度に萎縮しながら会釈をして、既に車の横に立っている猪野さん目掛けて歩き出した。
先輩の視線が妙に刺々しく、いつまでも背中を見られている様な嫌な感覚に足は自然と駆け出していた。
◇
「それにしても五条さん、なんでこんなにベロベロなんですか?」
「いやー…仕事終わってキャバ行ったんだけどさ、そこが新しく出来た店で。初めて客として行ったんだけど、五条さんの隣着いた子が五条さんが下戸だって知らないでお酒作っちゃったんだよね。普段は絶対変えさせるのにそのまま飲んじゃってさ。で、一杯も飲まないでコレよ」
「え、五条さんて下戸なんですか?」
「そうよ?知らなかった?」
「全然知らなかったです……あ、そういえばお店で初めて会った時ソフトドリンク飲んでたような…でもなんでお酒飲んだんでしょうね」
「さぁ?でも今日は朝から機嫌悪かったしムシャクシャしてたんじゃねぇかなぁ。呑んで忘れたい!的な?」
「呑んで忘れたい…」
下戸でありながら飲んで忘れたい程の何かがあったのだとしたらそれはとても気の毒だと思うけど、下戸である自覚があって結果的に何人もの人に迷惑を掛けているのだから、よろしくないよなあ、と窓に頭を突っ付けて微動だにしない五条さんを見ながら思う。
その美しいかんばせの眉根にはしわが寄っていた。気分が悪いのだろう。
五条さんを猪野さんとベッドに運んだあとはすぐに帰宅するつもりだったが、落ち着くまで側で様子を窺った方が良いかもしれない。
万が一寝ながら嘔吐でもしたら大変だ。
下手したら命に関わることになる。
結局それは自己満足でしか無いのだが、相場よりかなり多くお給料を頂いていることに引け目を感じているのだ。
これくらいはさせて貰わないと、流石に私の良心が痛む。
それに幸い明日は休みだ。
最悪泊まることになっても仕事に支障はないし、あの広い家ならどこでも寝れる。
これだけ酔っていたら明日はきっと二日酔いだろうし、二日酔いに効くスープでも作って置こう。
材料がなければ24時間営業のスーパーへ行けば良い。
五条さんのマンションの近くには24時間営業のスーパーもドラッグストアもある。
看病するには万全の環境だ。
吐瀉物の片付けだって厭わない、と酒のせいか妙にテンションが上がり張り切る私の姿を碧い瞳が捉えていた事に、私はちっとも気付かなかった。
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