13.


※五条さん視点です



「お前マジで何してんの」

『何って?』

「とぼけんな。ウチ上がり込んでどういうつもりだよ」

『嫌だなぁ。どういうつもりも何も、私は悟の家に好きに上がって良いことになってるじゃないか』

「そこじゃねぇよ!俺が居ないって知ってただろ」

『さぁ?悟に仕事が入ったことは知ってたけど家を出る時間までは知らないさ。間に合えば良いと思って急いで来たんだけどね。一足遅かったようだ』

 すっとぼけやがって。と口に出さない代わりに大きな溜息が漏れた。
傑の目的は粗方想像が付くし、だからこそ、こういう事が起きないように気を付けていた。
例えば、名前がいつウチに来るのかは俺以外誰も知らない。
スケジュール管理を任せている伊地知にも話したことはないし、出先で分かりやすく監視するのもやめていた。
わざわざそんな事をしなくたって、俺と関係がある人間をどうこうしようと考える輩は少なくとも組の中には居ない。
──たった1人を除いては。そのたった1人が厄介なせいで、俺はここまで気を張らなければならない。

『しかしまぁ、随分気に入ってるみたいじゃないか。』

「……ハウスキーパーとして優秀なんでね」

『ふぅん。優秀だったら家に泊めてあげるんだ』

「なんでそれ知って…」

『わ、本当に泊めたんだ。』

「…オマエ、カマ掛けたな」

『はは、まんまと掛かったねぇ。いや何、猪野から昨日名前ちゃんと一緒に悟を送ってったって聞いてね。猪野だけ先に帰されたって言うからまさかと思ったら。』

 傑は見た目に反して物腰が柔らかい。
胡散臭い笑みを貼り付けて穏やかに話す様を見て『夏油さんは優しい』とか『なんで極道なんてやってんだろな』なんてウチに来たばっかりの若い奴らはボヤくけれど、俺はアイツより極道に向いてる奴も、アイツより性格が悪い奴も見たことが無い。
実際、傑を優しいだの極道に向いてないだの言ってた若衆だって数ヶ月もすれば二度とそんな事は言わなくなる。
アイツはイカれてる。まぁ、だから俺と長いことやっていけてるんだろうけど。

「……ハァー……あの子がお気に入りなのは認めるよ。」

『名前ちゃんには随分と優しく親切にしてあげてるんだってね?想像しただけで……フフ、笑いを堪えるのに必死だったよ』

「堪えられてねーだろ。全部見てたからな」

『わぁ怖い怖い。』

「お前マジで電話切ったらすぐ帰れよ。これ以上余計なこと言ったらいくら傑でも許さねーからな」

『ハイハイ。全く、心配して来てやった親友に随分な言い草じゃないか』

「心配ご無用だっつーの」

 電話の向こうでクスクス笑う傑の声に苛立ち、運転席を右足で蹴りつけた。
『心配で来てやった』なんて大嘘だ。
アイツは俺の"お気に入り"の品定め、そして牽制、あとはただ面白がってるだけ…とりあえず、ロクな理由じゃない。

 蹴り付けた運転席からヒッ、と小さな悲鳴が聞こえて、今日の運転役が数ヶ月前に入った新入りだったことを思い出した。
ルームミラー越しに様子を伺う視線には恐怖が滲み出ていて、こんな事で一々ビビってんじゃねーよ、と舌打ちが出る。

『そんなイライラしないでよ。ちゃんと帰るさ。私だってこのあと仕事があるしね』

俺から怒りを向けられて尚も愉しそうな声をあげる傑のイカレっぷりを運転席の新入りには見習ってほしいものだ。

 終了のマークをタップし通話を切ると、そのままスマホを操作して仕掛けたカメラと繋ぐ。
画面にはキッチンで食器を拭きあげている名前の姿が映し出されていた。

 やっと造り上げた名前の中での"五条悟"は親切で気さくで優しい男だった筈だ。
猪野と傑が余計なことを言ったせいで"手が早い"なんてろくでもないイメージまで加わってしまったらどうするつもりだ。

 いや、それよりも。
"タイプじゃ無いから優しくされても好きにはならない"とか言っていなかったか。
二十数年の人生、勝手に惚れられて困ることこそあれど、まさか惚れさせることが出来なくて困る日がくるなんて。

 唸る俺を運転席の新入りがチラチラ見ていることに気付いていたが、そんなことを気にする余裕も無い。
とにかくこれ以上傑が余計なことを言わないように見張る為画面に意識を戻すと、リビングのドアが開き傑が入ってきた。
それに気付いた名前が慌てて手を拭い傑に話し掛けている。

『紅茶、冷めてしまいましたので交換しますね。それともコーヒーや冷たいお茶の方がよろしいですか?』

いやいやいや、そんなの良いから。
おかわりなんて出したら滞在時間が伸びてしまう。
大方、"五条さんのお友達だから失礼のないようにおもてなししなくちゃ"なんて考えてるんだろうけど、今だけは名前の真面目で優秀なハウスキーパーっぷりが呪わしい。

『いや、もう帰るよ。お気遣いありがとう』

ナイス傑、よく断った!と心の中で褒めそやしていると、そろそろ行こうかな、と呟いた傑を名前が引き止めた。

『あの、五条さんへの用事は…』

『あぁ、それなら大丈夫。さっき連絡ついたから』

『あ、今のお電話って五条さんだったんですね!』

『そうそう。長居して悟に怒られても嫌だからね』

『夏油さんなら長居しても怒らないんじゃないですか?』

『ん?長居することにじゃないよ。お気に入りの可愛い君と私が部屋で2人きり、なんて状況がダメなのさ。』

 前言撤回だ。何言ってくれてんだアイツ、と大きな舌打ちが出て、新入りが肩を震わせた。

コイツ、マジでこんなビビりでなんで組入ってきたんだ、と疑問に思ったが、そんなことより画面越しの2人の動向が気になる。

『お、お気に入り?私が?』

『悟のこと優しくて親切で、なんて言ってるの君くらいだよ。大抵の人間は悟を……いや、何でもない。あまり余計なことを言うとそれこそ怒られちゃうからね』

そう言ってちらりとカメラへ目線を向けた傑と画面越しに目が合った。

そう思うならマジでさっさと帰れ、と小声で呟くと、まるで俺の声が聞こえていたかのように玄関へ向かって歩き出した。

玄関に設置されたカメラへ画面を切り替え動向を伺う。最後の最後まで気が抜けない。

『それじゃ、お邪魔しました。』

『あ、大したおもてなしも出来ず…』

『いいや、紅茶ご馳走様。』

靴に足を通しながら交わされる言葉はありきたりなものでほっと胸を撫で下ろしたのだが、次に聞こえてきた傑の言葉に俺はもう一度傑へ電話をかける羽目になった。


『悟に嫌気がさしたら私のところにおいでね。悟よりもっと可愛がってあげるよ』



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