19.




「──そんな訳で今は転職活動中なの」

『もう、だから言わんこっちゃない!やっぱりカタギじゃ無かったのね…』

「ヤクザな上にストーカー気質の異常者だったよ…でもさぁ、転職中々上手くいかなくて。やっぱり五条さんの誘いに乗れば良かったかな、なんて思っちゃったり」

 叱られることは覚悟の上で五条さんとの間に起きたこと、現在置かれてる状況を親友に打ち明けた。
上手くいかない転職活動、減り続ける貯金に折れかけた心を奮い立たせて欲しかったのかもしれない。

『…そうねぇ…正直、色んな意味で危ない人だとは思うけど…でも…仕事っていう面だけで見たらもうバレて困る会社も無い訳で…掛け持ちして精神体力すり減らしながら働くくらいならその人の所で働いた方が、とは思うよね…とは言えアンタの行動監視したり個人情報勝手に調べあげたり、会社辞めさせた目的も不明な訳だから関わらない方が良いのは確かだと思うけどね』

「 そう、だよね……それにしても本当に何でこんな事になっちゃったんだろ…五条さんはどうして私のこと監視したり会社辞めさせたりしたのかな…」

『さぁねぇ。アンタのこと好きだったんじゃない?』

「え。いや、それはないと思う…けど…あ、でも…」

 夏油さんが言っていた。五条さんは私を気に入っているのだと。
『悟のこと優しくて親切で、なんて言ってるの君くらいだよ。大抵の人間は悟を──』
それ以上言ったら怒られるから、と紡がれることの無かったあの言葉の続きは、前会社の部長から聞いた五条さんの評判を踏まえると"冷酷だと言って恐れているからね"、そう続いた気がする。

『思い当たる節があるみたいね。まぁ、好きだったとしても普通の人は付き合ってもない人の行動を監視したりあれこれ調べたりしない。ましてや会社辞めさせるなんて意味不明だし、異常ではあるわよね。本当にアンタのこと好きだったら危ない目に合わされることは無いかもしれないけど、巻き込まれる可能性はあるし…私はやっぱりこのまま縁を切った方が良いって思う』

「うん。そうだよね。ありがとう!正直心が折れかけてたけど、職探し頑張るよ」

 友人と話したことで気持ちに整理が着いたのか、改めて頑張ろうと思えた。
職を選ぶから中々決まらないわけで、この際アルバイトだって構わない。
本当は前職で培ったスキルが生かせる仕事に就きたかったけど、そんなことを言ってる場合では無い。

 高校に上がりアルバイトを始めた頃からコツコツ貯めていた貯金は大した金額ではなかったが、贅沢をしなければ3ヶ月くらいなら生活出来る額になっていた。
加えて五条さんの元で働き始めたここ数ヶ月は仕送りしても充分余る程のお給料を貰っていたので、元の貯金とハウスキーパーとして稼いだお金を合わせたらもう少し生活は出来るだろう。

しかし、だからと言って無職を謳歌出来るほど私の心臓は強くなく、日に日に減っていく貯金通帳の数字は私を追い詰めた。五条さんの誘いを受けてしまおうかと悩むくらいに。
今日友人と話せていなかったら、明日にでも連絡していたかもしれない。友人と話せて良かった。そのことを伝えると、友人は笑って、そしてこう言った。

『いいよそんなの。今はすぐに会いに行ける距離に居ないし話を聞くくらいしか出来ないけどさ、何でも話してよ。アンタ昔からしっかりしてるのに変なとこが抜けてるから心配なの。…どころで、それから五条さんからは何のアクションも無いの?……ふぅん。……いや、五条さんのした事ってさ、こう、執着を感じるっていうか…会社まで辞めさせて、そこまでしたのにこんなにアッサリ引き下がるものなのかな、って。まぁ正直、何考えてるか分かんないからさ、今はもう名前に興味無いって可能性も全然ありそうだけど……何も接触してこないのが逆にちょっと怖いなと思ってね』




「はあ……」

 大きな溜息が部屋に響き渡る。私の手にはスマホが握られていて、その画面には"不採用"の三文字が並んでいた。
これで何度目だろうか。仕事を辞めてから早一ヶ月、未だ転職先が見付かる兆しは無い。

アルバイトでも良いから、業種も自分に出来そうな範囲──力仕事等でなければ何でも良いから、と妥協して範囲を広げているのに一向に決まらなかった。
酷い時は応募の時点で『締め切りました』とか『もう定員になっちゃったので』なんて言われて面接すらしてもらえない。
転職サイトに掲載された日は昨日って表記されてるのに締切ったとか定員とか絶対ウソじゃん!と叫びたくなる気持ちを宥めてはまた応募して、電話して、を繰り返した。
もちろん職安にも通ってはいるが、有り得ないほど待たされるのが苦で足が遠のいている。

 それにしても、働くってこんなに難しかったっけ。
高校や大学の頃にバイトしていた時は応募すれば必ず受かるような印象だったし、大学三年から始まった就職活動だって特に苦戦することなくスムーズに決まったので、働き口を見付けることがこんなに大変だなんて知らなかった。
恵まれていた、というのもあるだろうが、ここまで来ると何か別の要因がある気がしてならない。
まぁそれはきっと解雇になったという事実なのだろうけど。

そんな溜息三昧な毎日ではあるが、楽しいこともそれなりにある。
無職を謳歌は出来ないだけで、やはり時間があるというのは今まで出来なかったことに挑戦出来るので、溜まっていた積読に手を付けたり、やたら長い海外ドラマシリーズを見始めたりと、お金を掛けずに楽しんでいる。
そしてもうひとつ、無職になったから出来るようになったことと言えば友人達との時間が取れるようになったことだ。
言わずもがな、休みなどほぼ無しで働き続けていたここ数年は中々友達と遊ぶ時間も取れなかったが、今なら時間はいくらでもあるので友達に合わせて行動出来る。

派手な遊びは出来ないが、宅飲みしたりカフェでお茶したりとささやかではあるが楽しんでいる。

今日も夕方から飲みに行く約束がある。
いつまでも落ち込んでる場合じゃない!と"不採用"の文字が踊るメールを削除していそいそとメイクに取り掛りながら、こんなに上手くいかないのにどうにか頑張れているのは周りのおかげだな、と思った。
楽しい時間を提供してくれるから、どんなに上手くいかなくても腐らずにやっていられるのだ。




「あ!名前さーん!こっちこっち!」

「虎杖君!ごめん待った?」

「全然!今来たとこっス!てかまだ約束の五分前だし!」

 つい一ヶ月前まで毎日通い詰めていたオフィス街からそう遠くない場所に位置する飲み屋街で、元後輩の虎杖君と飲む約束をしたのは一週間前のこと。
私が会社に行かなくなってからも、有給消化期間が終わって完全に退職してからも虎杖君だけはマメに連絡をくれていた。

電話では無くメッセージだけのやり取りは日常会話を何通かやり取りするだけで、クビになった理由については一切触れられなかった。
勿論、上司から解雇理由は聞かされている筈なので知っているのだろうけど、彼なりの気遣いか、それともそういう話はメッセージではしない派なのか、そもそも興味が無いのか。

 他愛もないメッセージのやり取りを週に一、二度するだけで、特に遊ぶ約束をするでも無かったのだが、ついに先週"呑みに行きましょう"と誘われた。
何でも、休日出勤やら接待やらで中々時間が取れなかったのがやっとマトモに土日連休が確定したらしい。虎杖君は土曜日の夜にでも、と言っていたが、金曜の夜を提案したのは私だ。
だってせっかくの貴重なお休みは私なんかに使うよりゆっくり休むなりお友達と遊ぶなりしてほしい。
仕事終わりの方がラクだろうと思ってそう提案したのだが、虎杖君は土曜日でも全然良いのに、と少し不満気であった。
それでも、私も土曜日は予定入りそうだから、と言えば納得したようで、仕事終わりに合わせて待ち合わせをした。
ちなみに土曜日に予定が入りそうというのは全くの嘘である。

「何か虎杖君、ちょっと見ない間に大きくなった?」

「たった一ヶ月で!?成長期じゃ無いんだし──あ、でも最近何か膝痛い気が…」

「成長痛だね、それは」

そんな軽口を叩き合いながら何度か利用したことがある居酒屋の暖簾を潜る。ここの焼き鳥が絶品なのだ。

 広くない店内の奥に三席だけあるテーブル席に案内され向かい合って腰を降ろすと、おしぼりと水を運んできてくれた女将さんに「取り敢えず生2つで!」と注文して、そのあとでイタズラっぽく「あ、生で良かったッスか?」と聞いてくる。
勿論、これは私が普段一杯目は必ず生ビールを注文することを知っていてのことだ。
彼のこういう所が可愛らしいと思う。

 生が届いたタイミングでいくつかおつまみも注文すればやっと乾杯だ。
自然な動作で私よりグラスを下げて傾けた虎杖君を見て、随分板に付いたなぁと思う。

 入社して来た頃、社会人として身につけておくべき細かいマナーを教えたのも私だった。
私個人としては、正直下らないと思うことも少なくは無いのだが、そう思っていても現実的に必要なスキルなので虎杖君にはしっかり教え込んだ。
私相手にそれを使う必要は無いよ、とは何度も言ったが、虎杖君はこうして私相手にも丁寧に接することを止めなかった。

「ねぇ、私もう会社辞めて虎杖君の先輩でも何でも無いんだからそういう気使わなくて良いんだよ」

「いや、先輩は先輩っスから。俺に社会人のイロハを教えてくれたのも仕事教えてくれたのも名前さんだから、会社辞めたって先輩のままです」

「…良い子だねぇ、虎杖君は!もうー!本当可愛いな!流石出世街道爆走中の人誑し!」

「それ貶してます!?」

「いや褒めてる!このまま出世コース爆走して偉い人になるんだよ!」

「偉い人って。ざっくりしてんなあ」

「あはは、でもなれるよ、虎杖君なら社長も視野だよ」

「……じゃあいつか俺が社長んなったら、名前さんのこと超特別待遇で雇うんで戻ってきてくださいよ」

「喜んで!めーっちゃお給料高くしてね!」

「任せてください!」

 耳障りの良い溌剌とした声が店中に響いて、慌てて口元で人差し指を立て声のボリュームを下げるよう指摘する。
口元を抑えて慌てた顔をする虎杖君と笑いあいながら、こういう所は成長してないな、と懐かしく、少し嬉しくも思う。

「はぁ、めっちゃ笑った。虎杖君てば声が大きいのは変わらないね」

「無意識に大きくなっちゃって…」

「私は虎杖君のそういうとこ好きだけどね。…そういえば、聞かないの?私が会社クビになった理由」

 きっと虎杖君も気になっていながら、敢えて避けていた話題。
正直なところ、自分が解雇されたことはどう通達されたのか、そして自分が居なくなった社内はどうなっているのか気になっていた。
そんな事が聞けるのは虎杖君くらいしかいない。
仲が良いと思っていた先輩は密告した張本人だし、良くしてくれていた上司とはあれから全く連絡を取っていない。
まぁ、社内での交友関係なんてそんなものだろう。仕事で出会った人間は結局そのコミュニティから離れれば縁も切れる。
だから大人は友達を作るのが難しい。
辞めたあとでもこうして前と変わらない関係で居てくれる虎杖君には感謝しかない。

「…先輩が自分から話してくれるまで俺は聞かないって決めてました。進んで話したいことじゃねぇと思うし」

「ありがとう。本当に虎杖君は優しいね。でももう大丈夫だよ。それに、虎杖君には本当のこと知っていて欲しいし。……虎杖君は、どこまで知ってる?」

「…俺が聞いたのは、名前さんがヤクザと関係があって、そのヤクザんとこで働いてた、っていうことくらい。これは会社で説明されたことで、あとは……名前さんが会社に来なくなってすぐの頃、高校ん時の友達と呑みに行ったんです。その友達──伏黒って言うんですけど、伏黒に、『五条さんには気を付けろ』って言われて。五条さんって誰だっけ、って初めは分からなかったんスけど、特徴聞いてすぐに思い出しました。名前さんの知り合いだ、って。それで、伏黒に名前さんが会社解雇されたことを話したら、話してくれたんです。五条さんがヤクザだってこと、色々とヤバい人だってこと、名前さんは多分…五条さんに目を付けられて意図的に辞めさせられたこと…」

「ちょ、っと待って…そのお友達…伏黒君?は、何者なの?五条さんの知り合い…?」

「伏黒は…本人はヤクザとは何の関係も無い普通の奴なんスけど、親父さんがソッチの人で。て言っても今は親父さんとも滅多に会わないし詳しいことは知らないみたいッスけどね。でも昔はたまに五条さん家に預けられたり、五条さんに面倒見てもらうこともあったとか。それで俺忘れてたんスけど、前に名前さんと駅ビルで靴買いに行った日あったじゃないですか。あの時五条さんとばったり会ったことを俺、伏黒に言ってたみたいで。俺が言った特徴から五条さんだってピンときてたらしくて」

「そうだったんだ…世間は狭いね」

「…それで、伏黒の言うように意図的に辞めさせられたんですか?」

「うん。まぁ……でもね、私も悪いんだ。副業してたのは本当で、しかもそれは五条さんと出会う前から。私の実家って貧乏でね。お父さんがギャンブルで借金作っちゃって。私には歳の離れた弟と妹が居るんだけど、二人にはひもじい思いをして欲しくなくて借金の返済分を毎月仕送りしてるの。それでキャバクラでバイトしてる時に五条さんに出会って…何故か気に入ってもらってかなり好条件で五条さん家のハウスキーパーやらせてもらってたの。…正直、五条さんってソッチの人なのかも、って疑ったことあったんだけどね、本人に聞いても違うって言うし、せっかく見付かった好条件の副業を辞めたくないっていうのもあって五条さんを信じることにして……でも結局、五条さんはヤクザだったし、動機は不明だけど私がクビになるよう仕向けられて…で、今に至るって感じかな」

「そうだったんスね。会社だと名前さんが五条さんとその…すげぇ親しい、みたいな感じで話回ってるから」

「親しいって…付き合ってる、とかって?」

「や、もっと…身体だけの関係、みたいな」

「もしかして噂流してるのは先輩だったりする?」

「…そうです。」

「やっぱり。会社にリークしたのは先輩なんだって」

「マジすか。でも先輩と名前さんて仲良かったですよね」

「うーん…そこまで仲良かった訳じゃないよ。私は先輩のことちょっと怖いなと思ってたし、先輩も私が逆らわないから傍に置いてただけじゃないかなぁ。それに、仕事で仲良くなった人なんてそんなものだよ」

「…それはなんか寂しいっス。俺は名前さんが会社辞めても仕事とか関係無く仲良くしたいって思うし」

「…もー。虎杖君は本当に良い子だね。ありがとう。私も虎杖君とはこれからも仲良くしていきたいなと思ってる」

「へへ、じゃあこれからも呑みいきましょ!あ、あと前言ってたホラー映画鑑賞会も!」

「是非是非!楽しみにしてるよ」

「俺も!あ、そういや名前さん次の仕事は決まったんスか?」

「それがねぇ……どういう訳か全然決まらないの。やっぱり、自分都合での退社じゃなくてクビっていうのがデカいのかなあ…」

「マジっすか。バイトは?」

「してないの。ていうか、バイトすら受からなくて。水商売ならすぐにでも働けると思うんだけど、もう懲り懲りというか、五条さんや五条さんの関係者に出会しちゃいそうでやりたくないし…とは言えそろそろそんな我儘言ってる場合じゃないから、もう少し頑張ってみてダメだったら水商売やろうかなと思ってる」

 バイトすら受からない、と虎杖君に打ち明けた後でほんの少しだけ後悔した。
まるで自分が無能だと言っているようで、ちっぽけなプライドが傷んだ。
虎杖君はきっと優しいから大丈夫だと言って励ましてくれるだろう。
気を使わせてしまうことに申し訳なさを感じて、やっぱり打ち明けなきゃ良かった、と思った。

「…名前さん、仕事見付からないなら…俺が紹介しましょうか?名前さんのスキル活かせるような仕事じゃないけど…」

 それは今の私にとって願ったり叶ったりの提案だった。スキルが活かせるかどうかなんてどうでも良い。今はとにかく働き口を見付けることが最優先だ。

「全然、全然構わない…!どんな仕事か詳しく聞いても良いかな…!」

 まさかこんな事があるなんて。つい先程までは仕事が見付からないのだと打ち明けたことを後悔していたと言うのに、今は話して良かったと思っている。自分の現金さに呆れてしまうが、捨てる神あれば拾う神ありとはこの事かと、虎杖君に縋った。


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