20.
「名前ちゃん、あとはコッチもお願いね!運び終わったら休憩で良いから!」
「はい!了解です!」
「いやぁ、名前ちゃんが来てくれて本当に助かったよ。ありがとうね」
「いえいえ、こちらこそです!雇っていただいて、本当に助かりました!」
虎杖君に紹介して貰った新しい職場は老舗の料亭だった。そこは虎杖君のお祖父さんの知り合いがやっているお店で、最近立て続けに従業員が辞めてしまい人手が足りないらしい。
料亭と聞いて敷居が高く感じていたが、実際働いてみるととても暖かい職場だった。
私の事情は虎杖君が大将へ大まかに伝えてくれたようで、形だけの面接では前の会社を解雇になった理由等は特に聞かれず、ほんの数分の面接で採用が決まった。
それだけで、虎杖君と大将が神様に見えるほど有難いのに、加えて時給もそれなりに高く、研修期間の後は正社員として雇っても良いとまで言ってくれた。
『色々大変だったんだってね』と言って優しく笑ってくれた大将には一生頭が上がらない。
そういう訳で、新しい働き口が見付かってから早くも三週間が経っていた。
別に働くことが好きな訳では無いが、仕事がある、収入がある、というのはとても有難いことで、穏やかな毎日を送れている。
正直、収入は以前に比べて激減したが、生活出来ない程では無い。
何なら、賄いで食費も補えているし、実家に仕送りをしなければ充分に暮らしていけるくらいのお給料は貰っている。
仕事が変わった、どころか、前の会社を辞めたことすら実家には言えていないので仕送りを減らすことは出来ない。
それ以前に仕送り額を減らしてしまったらその皺寄せは弟と妹にも行ってしまうと思うと、無理をしてでも仕送りだけは続ける他無い。
やっぱり、仕事のリズムが掴めてきたら副業として水商売をしようか。最近はそんな事を悩み始めている。無職期間中に減った貯金が痛い。
でも、水商売はもうしたくない。五条さんに出会すことが心配なら他所の街でやれば良いだけの話ではあるが、それ以前にシンプルに私は水商売に向いてない。苦痛で仕方が無いのだ。そんな我儘を言える立場で無いことは重々承知しているが。
とりあえず、内職でも始めてみようか。
求人サイトを開きながら、いつか親友が言っていた言葉を思い出した。
"掛け持ちして精神体力すり減らしながら働くくらいならその人の所で働いた方が、とは思うよね…"
◇
「え、どういう事?お父さん、また借金したの?」
『そうじゃなくて…私達もよく分からないんだけどね、今月から返済額を倍にしろ、って言われて』
「どうして急に…」
『その方が返済も早く終わるし利子分もお得だから、なんて最もらしいこと言っていたけど、現実的に払えないから、それは厳しいってお父さんが伝えようとしたら物凄い圧を掛けてきて…それで結局』
「圧に負けちゃったんだ…」
『そうなのよ…』
母から掛かってきた電話は、要するに仕送り額を増やせないか、という打診のものだった。
父の借金はサラ金だけでなく知人から借りたもの、所謂闇金から借りたものまで様々だった。
今回、返済額を倍にしろと圧を掛けてきたのは闇金業者で、我が家を苦しめている最たる要因だった。
知人やサラ金は法外の利子を付けてくることも、支払いが遅れたからと言って脅しを掛けてくることもない。
しかし闇金はそうでは無い。
支払いが遅れれば容赦無く取り立てが始まる。
その恐ろしさを知っているから私は自分の時間を犠牲にしてでも働き続けた。
弟や妹達にあんな思いはさせたくない。
「…まぁ、そういうことなら仕方ないね。どうにかするよ」
『…ありがとう。私からお願いしておいて何だけど…大丈夫なの?お母さんも新しくパート増やすから…それでも名前の仕送りが無いとどうにもならないことは変わらないんだけど…』
「大丈夫だよ。前に言ったでしょ。今の副業、凄くお給料良いんだ。出勤日増やしてもらうから大丈夫。だから、お母さんはパート増やさなくて良いよ。あの子達と一緒に居る時間を大切にしてあげて」
『…だけど名前にばっかり苦労させて、』
「だから、気にしないで。無理だったら無理って私ちゃんと言うからさ」
『うん…ありがとうね、名前』
通話が切れたスマホを眺めながら、大きな溜息が漏れた。
母にはああ言ってしまったが、勿論今の私に仕送りを増やす余裕は無い。
相変わらず母には会社をクビになったことも副業を辞めたことも話していないので私の収入が減ったことは知らない。
両親に対して思う所が無いわけではないが、だからと言って面倒を見きれないと投げ出すことも出来ない。
弟、妹だけではなく、両親もやはり大切なのだ。
毎日肉体労働で長時間拘束されている父や、まだまだ手の掛かる年頃の子供を育てている母にこれ以上仕事をさせるより、若くて体力もあり独り立ちしている自分が頑張れば良いと思う。
「……やっぱり水商売、やるしかないか…キャバはもう嫌だなぁ…」
心の中で留めておくには重すぎて、ベッドサイドテーブルに置いた小さなテディベアに話し掛けた。
今月の仕送りは貯金から補填するとして、遅くとも今月中には新しいバイト先を見付けなくてはならない。
割の良い仕事と言ったら水商売しか思い浮かばないが、もうやりたくない。
しかしそうも言ってられない現実に、嫌々求人サイトを開くのだった。
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