23.
※五条さん視点です
名前は直ぐに見つかった。定食屋の狭い店内では死角になるような場所も無く、ガラス戸の外からちらと覗いただけで、壁際の席に名前が座っていることを確認できた。
そして向かいには予想通り、虎杖悠仁が座っている。
直ぐにでも名前の元へ駆け寄り連れ戻したい気持ちを抑えながら二人の様子を伺った。
外からは会話の内容まで聞こえないが、虎杖は真剣な顔をしている。
伊地知を店に入らせて二人の会話を盗み聞きさせようかとも思ったが、伊地知と名前は会ったことがある。こんな事なら伊地知じゃない奴に車出させれば良かったと思うが、 後の祭りだ。
虎杖悠仁。名前の後輩であり恵の友人。名前が働いていた会社に入社後、名前に仕事を教わり、それから名前によく懐いている。
容量の良さも去ることながら、その人柄を高く買われ今では大きなプロジェクトを任される等会社からの信頼も厚い。
それだけなら、ただの後輩の一人として捨て置けた。古い付き合いの恵にも関わらないで欲しいと言われてしまえばそれ以上深掘りするつもりも無かった。
そもそも、名前が会社を辞めれば関わりは消えると思っていた。だから完全に誤算だった。まさか、虎杖が名前に仕事を紹介するなんて。
今回のことは、全てある時から計画的に進めてきた、俺が名前を手に入れるための"作戦"であった。
人生のどん底で俺に縋る名前の姿は想像しただけで俺の心を満たしたし、そこで俺に手を差し伸べられたら名前は俺のことを好きになってくれるんじゃないか、なんて打算もあった。
だからと言って、その為に会社をクビにさせたことや、わざわざ名前のスマホをハッキングして全ての情報を共有し、名前が新たな就職先にと選んだ会社や店を自分の持てる全ての力とコネで操り名前を不採用にさせたことは異常だと自覚している。
アパートを強制退居させるのは容易かった。幸いにもそこら一帯も俺達のシマのひとつ。
正確に言えば、直系の組が事務所を構えているシマで、アパートの管理人に"お願い"して名前が出て行かざるを得ない状況を作った。
名前を退居させる理由は何でも良いと任せていたのだが、老朽化を理由に建て壊しという事にしたようだ。
そうやって名前を追い詰め、俺に頼らざるを得ない状況を作り上げた。
そうして名前からの連絡を今か今かと待ち侘びていた時、二人のメッセージから働き口を紹介してもらったことを知り、急いで調べさせた。
名前が虎杖に紹介してもらった新しい就職先は老舗の料亭。
何の因果かそこはウチの先々代から付き合いのある店で、俺自身も親父に連れられて数回顔を出したことがある。この店がシノギのひとつなら名前を雇わせないことなど容易いが、如何せん此処はシノギの店では無い。
しかし、策が無い訳では無い。実はこの店の経営状況が芳しくないことを俺は知っている。
経営状況の悪化に伴い従業員の給料を減らした結果一度に三人に辞められ、店が回らなくなっているらしい。
それなら、それを利用しない手は無い。
支援金を出し、働き手を見付けてくる代わりに名前を辞めさせる。
大将も頭が悪くない。たった一人の女の為にそこまでするという事が何を意味しているのか、分からない訳では無い筈だ。
そして予想通り、俺の提案を呑んだ大将は名前を辞めさせた。ここに至るまで本当に長かった。
いや、時間にしてみればこの計画を思い付いた時点から数えてもたった数ヶ月、半年もかかっていないのだが、ひとつの目的にここまで時間を掛けたのは人生で初めてだった。
こんなに回りくどいやり方をしてでも俺は名前を手に入れたい。
だから虎杖悠仁、お前は邪魔だ。
◇
「ただいま帰りましたー…あれ、五条さん帰ってたんですか?」
「おかえり。仕事が早く終わってね」
「そうだったんですね、それなら連絡──あ、ごめんなさい、私五条さんに連絡入れないで外出してました」
「そのようだね。どこに行ってたの?」
「あー、えっと…」
口篭る様子に苛立ちを感じる。素直に"虎杖君とご飯食べに行ってました"と言えば良いだけの話だ。
正直に話せば、無断で家を出たことは許してやっても良い。二度目は無いが。
「言えないような所?」
「いえ!そういう訳では無く…あの…ご飯食べに行ってました。家の近くの定食屋、気になってるって話したの覚えてますか?あそこに、」
「それは一人で?」
「え?あ…はい」
嘘を付いた。つまり、虎杖と会っていたことを俺には知られたくない、ということだ。
あの時会話は聞こえなかった。二人がどんな話をしていたのかは分からない。
だけど、ちらと見えた虎杖の表情から察するに冗談を言っていた訳で無いことは明らかだ。
「ふぅん。そっか。じゃあ、あれは僕の見間違いだったのかな。あの定食屋に名前ちゃんと虎杖君が居るのを見掛けたんだけど」
「っ、知ってたんですか…」
「てことは、やっぱりアレは虎杖君と名前ちゃんだったってことだよね?仕事の帰りに偶々通り掛かってね。お腹空いてたし何か食べて行こうかなと思って店を覗いたら二人が居てびっくりしたよ。出掛ける時は連絡してって言ってるのに、何で黙って出て行ったの。何で一人だった、って嘘ついたの」
「す、すみません、少し出るだけだからわざわざ連絡しなくても良いかなと思って…虎杖君のことは、確かに一緒だったけどすぐ解散したから別に言わなくても、良いかなって…」
「…僕言ったよね?どんなに少しでも外に出るなら連絡して、って。嘘つくのも辞めてね、って言ったよね?」
「…すみませんでした…けど、私だって子供じゃない訳ですし、そこまで心配してもらわなくても…」
「説得力無いなぁ。名前ちゃん、人を見る目無いからすぐ騙されそうだし、こんなに弱っちそうじゃ何かあっても抵抗すらマトモに出来ないでしょ」
「早々そんなことは起きないと思いますけど…」
「起きるんだよ。僕と一緒に居る以上、狙われる可能性は常にある」
「そんなこと…だって私は確かに五条さんの家に住まわせて貰ってますけどハウスキーパーとして雇ってもらってるだけですし…」
「それを誰が信じんの?例えば名前ちゃんがおばあちゃんだったなら僕達の関係を疑われることすら無かっただろうね。だけど名前ちゃんは僕と歳が近くておまけに可愛い。僕だったら、貶めたい相手にそんな存在が居るって知ったら例え住み込みの家政婦だって聞いてても取り敢えず拐うと思うよ。恋人じゃ無かったとしても家に住まわせてる時点でそれなりの信用と関係が構築されてるってことだからね」
特に、今まで特定の女を作ったことがない俺が女と暮らしてるなんて知られたら瞬く間に噂が業界中に広がるだろう。
自慢じゃないが俺に恨みを持つ奴は五万といる。俺の怒りを買う様なことをすれば何倍にも何十倍にもなって報復されると分かっていても、死ぬより辛い思いをしてでも俺に一矢報いたいと思う人間は少なくない筈だ。
「……だから、一緒に暮らし始めてから私が外に出るのを良い顔されなかったんですね。私、そんな危険があるなんてちっとも考えてなくて…」
「まあ、普通の人はそうだろうね。外を歩いてて命を狙われるなんて通り魔にでも遭遇しない限りそうは無い事だからね。僕と暮らすことが怖くなった?」
「正直、怖い、です…」
「そっか。そうだよね、普通はそうだと思うよ。でも残念ながら、もう君の顔は知られちゃってると思うんだよね」
「え、だってまだここに住まわせて貰ってから一ヶ月も経って無いのに…!」
「それだけあれば充分、充分過ぎるくらいだよ。僕達の世界はさ、君達一般人から見たら暴力の世界としか思われてないんだろうけど、案外、力頼りって訳じゃ無いんだ。そりゃ最後は武力が物を言う訳だけど、馬鹿みたいに正面切って突っ込んでってどうにかなる世界でもないワケ。頭脳戦、情報戦、ってよく言うでしょ?僕達もね、頭使って情報集めて、そうやって上手にやってんの。どこの組も一つでも有益な情報は無いかなって常に目をギラギラさせてるの。そんな奴らが一ヶ月近くも名前ちゃんの存在を知らない訳が無いよね。何なら多分、通ってくれてた頃から存在は知られてたと思うよ。ただその頃は決まった曜日の決まった時間、それも僕が居ない時間がメインで来るだけだったからそれこそ家政婦か何かだと思われてただろうけどね。一緒に暮らし始めたとなれば、それが切っ掛けで交際に発展したって考えるのが自然だと思わない?」
「そんな……私、どうしたら…」
あぁ、名前はいつだって僕が思った通りの反応をしてくれる。扱い易いことこの上ない。
「良い方法があるよ。僕の女になるの」
「……え?僕の女って…付き合う、ってことですか!?」
「そういうこと」
「だ、だってそれじゃ…本当に付き合ったら余計狙われるんじゃ……」
「僕と名前ちゃんが付き合ったら、名前ちゃんは僕の女だって堂々と宣言出来る。そしたら、名前ちゃんに護衛を付けてやることが出来る。いくら名前ちゃんのこと守ってやりたいと思っても僕はずっと名前ちゃんの傍に居られる訳じゃ無いし、かと言っていち家政婦にわざわざ護衛は付けられない。だけどこれが僕の女だってなれば話は別。行く行くは僕と一緒に親父の跡を継いで組の頭になるかもしれないんだから、護衛の一人や二人、簡単に付けられる」
「だけど私達、お互いに気持ちがないのに…」
「気持ちなんて後から付いてくるよ。まあ、仮にどうしても僕を好きになれないっていうならその時は別れれば良いんだし、そしたらまた名前ちゃんは僕と一切関わりの無い一般人に戻ったって宣言すれば良い。ほとぼりが冷めるまで護衛は付けておくし。これが一番良い手だと思うんだけど、どうかな」
名前に言ったことは半分嘘で半分本当。
恋人だと宣言してしまえば動き易くなるというのは本当だが、別にそうしなくても俺が言えば護衛くらい付けられる。
勿論これは名前自身から"恋人になる"という言質を取る為の策である。
名前はこの提案に乗るしかない。家も職も失った彼女はもう俺に縋るしかない。
そして、金が貯まってマンションを出て行くまでの恋人"ごっこ"のつもりで頷くのだ。
もう一生、俺からは逃げられないというのに。
「…そうするのが一番良い、んですよね。…恋人という事で、よろしくお願いします…」
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