05.




『ねぇ、絶対それおかしいって!そんな美味い話ある!?大体さ、アンタなんか納得させられてるけど、お店で1回隣に着いただけの女にそんだけ執着してるとか異常だから!』

「うーん…でも執着というより、本当に信頼出来るハウスキーパーを探してただけっぽいよ?」

『いやいやいや、それなら普通にプロに頼むでしょ!大体1回隣に、しかもマトモに話しても無いんでしょ?そんな女に固執するのはおかしいよ!』

「確かに…えぇーでも五条さん何か変なこととか嫌なことしてくる訳じゃないし、お給料はびっくりするくらい良いし、私としても結構気に入ってるんだよなぁ」

『アンタが納得してやってるならつべこべ言わないけどさぁ…でも親友としてはちょっと心配』

「まぁね、私も逆の立場だったら心配すると思う」

『そうでしょ?てか、その五条って人は何の仕事してるの?歳はいくつ?』

「……あ、そう言えば私五条さんの仕事知らない…歳も知らないし下の名前もうろ覚えだ」

『ちょっとー!ダメじゃん!とりあえず仕事と年齢くらいは知っとかなきゃ!』

「うーん、でも多分お金持ちだし社長さんとか…」

『分かんないよ?怪しい仕事してる可能性だって全然あるからね』


 3時間にも及ぶ親友との電話は、親友のパートナーが帰宅したことで終了した。
結婚したことで新幹線の距離に引っ越してしまった彼女とは定期的に電話をして近況報告をするのだが、今回はタイミングが合わず前回から1ヶ月以上も空けての電話だった。

当然、その間に私の身に起きたキャバクラでの出来事、それをきっかけにキャバクラを辞めたこと、そして五条さんの家で働くことになったことを報告したのだけど、親友の反応はあの通りだ。

 確かにおかしな話だと自分でも思う。
これで五条さんが私のことを好きだとか、もしくはハウスキーパーという名目で家に出入りさせ無理矢理身体の関係を持たされる、ならまだ納得出来る。
しかし五条さんは私がハウスキーパーとして家に出入りするようになってからの約1ヶ月間、迫ってくることも無ければ、家で顔を合わせることも殆ど無かった。

たまに早い時間に帰宅した五条さんに夕飯を作ることもあったけど、他愛ない会話をしながら一緒に食べて終わり。
ちなみに一緒に食事を摂るのは"1人だと味気無いから"という五条さんたっての願いであって私が食い意地を張っている訳では無い。

 五条さんに何のメリットがあるのだろう?と考えることもあった。
多額の報酬を払って、プロでも何でもない素人の女に家を任せることはリスクだって勿論ある。

"理屈じゃなくこのまま二度と会えなくなるのが嫌だ"と五条さんは言ったけれど、私の何にそう感じたのだろうか。

 五条さんの真意は図り兼ねるがお給料が貰えれば私はそれで良い。
あくまで私達は雇用関係なのだから、五条さんが何の仕事をしていようが、歳がいくつだろうが私にはどうでも良いのだ。




「あっれ!?名前ちゃん?わ、すげぇ偶然じゃん!何してんの?こんな所で」

「わ!猪野さん!お久しぶりです!」

 いつもと同じように仕事帰りに五条さんのマンションへ向かった私がエントランスで出会したのは、黒いニット帽が印象的な猪野さんだった。
黒いシャツのボタンを2つ開け、パンツを腰穿きにしているせいで前回よりガラの悪い印象を受けたが、人好きのする笑顔は相変わらずだ。

「私、実は今バイトで五条さん家のハウスキーパーやらせてもらってるんです!」

「はぁ!?マジ!?何だよ五条さん、俺らには散々店の女の子には手出すなって言ってるくせによー。俺、名前ちゃん気に入ってたのになぁ。残念」

「……ん?あの、猪野さん?店の女の子には手出すな、ってどういう…?」

「自分達が裏に付いてる店の子には手出しちゃダメってことになってんのよ。面倒事を避ける為に」

「…えーっと、裏に付いてるって言うのは五条さんはあのお店の経営者、ってことですか…?」

「んー、ちょっと違ぇかな。あの店だけじゃねぇけどあの辺にある飲食店は大体五条さんと夏油さんの管轄だからさ。実際オーナー的な役割してんのはあの2人の舎弟だから2人はオーナーとはまた違うの」

「……あー、なるほど…」

「そうそう。だから普段は店に出入りしねぇんだけどたまーに繁盛してるか見がてらああやって店に顔出してんだよね。いやー、しかし五条さんも案外名前ちゃんみたいな素人っぽい子が好きなんだなぁ。五条さんとは女の趣味被らねぇと思ってたのに」

「い、猪野さん何か勘違いしてます!私達本当にただのハウスキーパーと家主っていうだけで何も疚しいこと無いですよ!」

「恥ずかしがんなってー!五条さんが手早いことなんて俺ら皆知ってんだしハウスキーパーなんて肩書きだけっしょ?」

「いやいやいや!本当に!何も無いです!そもそもあんまり顔合わせないし……」

「……マジで?…まぁアレか、五条さんも落ち着いたって事、なのか…?あ、てか届ける物があって来たんだけど、今から部屋行くならコレついでに持ってって欲しいんだけど…」

「はい、全然構わないですよ!五条さんにお渡ししておきます」

「サンキュ!じゃ俺行くわ!」

ヒラヒラと振られた手に会釈で返し、猪野さんと別れエントランスを進む。

 広いロビーで、マンションコンシェルジュが穏やかな笑みを携えている。
コンシェルジュが常駐するマンションなど、少し前まで縁のないものだった。
こんなマンションに若くして住める五条さんは、どこかの財閥の御曹司で、グループ会社の経営をいくつか任されている、そんな想像を勝手にしていたのだけれど。


 ぐんぐんと上昇していくエレベーターの中で、小さくなっていく植木や車、建造物に人、それらを見下ろしながら、私の口からは大きな溜息が出た。

「……ヤの付く自営業ってこと…?」




 マンションを出たのは20時を少し過ぎた頃だった。
急いで家事を片付け、いつもより約1時間も早く家を出たのは五条さんと出会さない為。

"お給料さえ貰えれば五条さんについてはどうでも良い"なんて思っていたくせに、シンクに置かれた僅かな食器を洗っている時も、洗濯物を畳んでいる時も、そして帰路に着いた今も頭の中を占めるのは五条さんの事だった。

 親友の言っていた"怪しい仕事かもしれないよ"という言葉を思い出して、あの子は昔からそういう勘が働くというか鋭いというか、そういう所があるよなぁ、と思う。
いや、私の思慮が足りないだけか。

 五条さん本人の口から"そう"だと聞いた訳でも、猪野さんがハッキリ"そう"だと言った訳でもない。
ただ会話の端々から察するに恐らく、十中八九、五条さんは裏稼業の人間だ。
"舎弟"だとか"バックに付いてる"だとか、普通の職業では使わないだろうし、それならあの日の店長の怯え様にも納得がいく。

 さて、自分の雇用主がヤクザだった、としたら、私はどうするのが正解なのだろうか。
今まで通り何も知らないフリをして借金返済、もしくは何らかのキッカケでハウスキーパーを辞めることになるまで続けるべきか、付き合いが浅いうちにハウスキーパーを辞めて関わりを絶つべきか。

バイトという点だけで見ればこんなに好条件かつ好都合なバイトは無いと断言できる。
1日も早い借金返済を目指すなら辞めるべきでは無いだろう。

でも、やっぱり怖い。

そもそも五条さんがヤクザだと確定した訳ではない。
それなら辞めるかどうかは一旦保留にして様子を見るのもアリだ。

でも、でも。


 優柔不断な性格が恨めしい。どれだけ考えてみても結論は出せないまま、気が付けば五条さんに"ボロアパート"と揶揄われたアパートの前に立っていた。


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