君は僕だ

暗く深い海の底にいた。絶望という、悲しい海の底に。初めて義勇を見た時、この人と私は同じだと思った。

「名前、義勇だ。今日からここで共に暮らす」

鱗滝さんに連れられてきた義勇のことを、今でもよく覚えている。義勇が持っていたのは葡萄色の着物だけだった。それを大事そうに抱え、夜の海と同じ色の目は何を見るでもなく宙を漂っていた。

私は両親を、義勇は姉さんを鬼に殺された。稀血の私がいたから両親は鬼に殺され、庇われた私が生き残ってしまった。義勇は祝言を翌日に控えた姉さんが殺され、庇われた義勇が生き残ってしまった。

私たちは似ていた。同じ目をしていた。お互いに交わす言葉も持ち合わせぬまま、私たちはひっそりと、息を潜めて寄り添っていた。

私たちを掬い出してくれたのは、錆兎だった。似通った境遇の私たちなのに、錆兎は強く優しい目をしていた。錆兎の腕は二つしかないのに、その腕に抱えられる以上のものに手を差し伸べてしまう、ともすれば危うさともとれない優しさを兼ね備えた人だった。

鱗滝さんの元で、私たちは兄妹のように暮らした。錆兎が来てから私も義勇も笑うことが増えた。楽しいと思うことが増えた。幼い私は、そうしてずっと暮らしていくのだと思った。鱗滝さんと、義勇と錆兎と、四人で、ずっと仲良く。

錆兎は鬼殺隊への入隊を志願した。義勇もそれに倣い、鱗滝さんは二人に稽古をつけるようになった。体の弱い私は錆兎や義勇のように狭霧山で思うようには体を動かせず、毎日泥だらけになって帰ってくる二人を待つのが日課になった。

季節が幾度も巡った。巡った分だけ、私たちは大人に近づいた。

あれは、二人が最終選別に発つ前の晩のこと。夜更けに訪ねてきた錆兎と少し話をした。月明かりの下、私は錆兎にも義勇にも死んでほしくないと言った。

「名前、俺はお前が好きだ」

錆兎は私の目を見てそう言った。私は何も言えなかった。私の唇が何か紡ぎ出す前に、錆兎は私の肩をポンと叩いた。

「俺は必ず帰ってくるよ。続きはその時話そう」

錆兎はそう言い残して家に戻っていった。私はその場でしばらくぼんやりと、空に浮かぶ月を眺めていた。もうすぐ満月だ。錆兎の強く優しい目が頭から離れない。家に戻ろうと振り返ると、義勇がいた。私たちは目を合わせたまま、何も言えずにいた。そう、私たちはいつだって、交わす言葉を持ち合わせていないのだ。


(201222)