四月の雨

二人を見送ったあとは、毎日が永遠のようにも長く感じられた。鱗滝さんと二人で過ごす時間は、いつもよりもしんと静まり返っていた。楽しそうに今日の出来事を話す錆兎も、それを聞いて笑う義勇もいない。

静かで柔らかい雨が降る日だった。義勇は初めて会ったあの日と同じ目をして狭霧山に帰ってきた。だけど義勇が抱えていたのは錆兎の着物で、それが全てを物語っていた。義勇の傍らに駆け寄る。しとしとと雨が降る。

「俺が死ねばよかったんだ」

義勇も私も泣いていたと思う。四月の雨が、それを優しく隠した。



錆兎の亡骸は帰ってこなかった。最終選別で犠牲になった他の子供達と一緒に錆兎の墓標も並んだ。三人で手を合わせると、天狗のお面の下で鱗滝さんが泣いていた。錆兎の持ち物を整理したけれど遺品と呼べるものはほとんどなく、結局義勇が持ち帰った錆兎の着物だけが形見と呼べる唯一のものだった。

「半分は俺が持っていく。半分は名前が持ってろ」

錆兎の着物を二つに断つと、義勇はお姉さんの着物を持ってきた。これを縫い合わせて羽織にしてほしいと言ったので、私は言われた通り、片見替わりの羽織を二着繕った。義勇は真新しい隊服に身を包み、日輪刀を腰に下げ、繕った羽織の一着を持って行ってしまった。

残された羽織に袖を通す。右袖の亀甲柄を見ると、あの夜の錆兎の顔が浮かんでくる。どうしてあの時、何も返事できなかったのか。真っ白な紙に一滴零れた墨のように、自分の中の黒い感情に、私は今更になって初めて気がついた。

「鱗滝さん、私…っ」
「…何も言うな」

涙が溢れて止まらなかった。自分が恐ろしくてたまらなかった。泣きじゃくる私の背中を鱗滝さんが優しく撫でてくれた。ぽたぽたと、幾つもの涙が羽織を濡らした。

死んだのが義勇じゃなくてよかった、なんて。

ずっと義勇が好きだった。私と同じ目をした人。きっと錆兎は気づいてたのだろう。だからあの時、私の言葉を遮った。優しい錆兎。どうしてあんな優しい人に、私は。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ…!」

鬼殺隊は明日をも知れぬ身。錆兎が鬼殺隊を志願した時、鱗滝さんがそう言ったことを思い出した。錆兎も義勇もいなくなってしまった。罰当たりな私への当然の報いだと思った。


(201227)