「それでそのまま帰ってきちゃったの?!」
驚く蜜璃ちゃんに、私はただ頷くことしか出来なかった。あれからもう、私を助けてくれたあの瞬間の冨岡さんが頭から離れないのだ。そして頬の熱も一向に引かない。
「これは病ではないのでしょうか…?」
熱も引かない。心臓の鼓動がおかしいくらいに速い。もうずっと胸の辺りが苦しいのだ。頭は冨岡さんのことでいっぱいである。その時しのぶさんの言葉を思い出した。
“いつの間にか心に巣食って悪さをする恋”
もしかして、蜜璃ちゃんに恋を探してらっしゃいと言われた時に真っ先に冨岡さんの顔が浮かんだのも、冨岡さんが女の子の隊士をおぶってきた時にもやもやしたのも、全部私が冨岡さんのことを知らず知らずの間にす、す、好きになってたからなの?!
嗚呼恥ずかしい…。全てを理解した今、もう穴があったら入ったまま二度と出てきたくはない。よよよと泣き崩れる私を蜜璃ちゃんがしっかり!と支える。
「でもよかったじゃない!恋の呼吸も使えるようになって、素敵な殿方も見つかって、師範としては嬉しいかぎりだわぁ!」
…ほんとにこの人、底抜けに明るいな。だけど今はこの明るさだけが心の頼りだ。これからどうやって生きていこう。まず間違っても冨岡さんと顔を合わすことなんてできない。心臓が爆発して死んでしまう。
「あとは冨岡さんに気持ちを伝えるだけねっ」
「そんなこと出来ません!恥ずかしくて顔なんて合わせられない…」
「あら、でももういらっしゃってるわよ?」
蜜璃ちゃんが指差す方を見ると、そこには罰が悪そうな顔をした冨岡さんが立っていた。その顔を見た瞬間、今までの比ではないくらいに心臓が脈打ち始めた。これ私死んじゃうんじゃない?心臓が口から飛び出てしまいそうで、私は慌てて両手で口を抑えた。
「じゃあ後はお若いお二人で!なんちゃって!」
キャッ!と顔を赤くした蜜璃ちゃんは、私を置いて一目散に去っていった。い、行かないで…!伸ばした手は虚しく宙を切る。
蜜璃ちゃんがいなくなってしーんと静まり返ったこの部屋。冨岡さんが歩いてくる気配がして、さっきまで蜜璃ちゃんが座っていたところに冨岡さんが座り直す。あまりにも恥ずかしくて私は手のひらで顔を覆った。
「…そんなに俺が嫌か?」
違うんですそうじゃないんです!うまく言葉が出てこなくて私は思いっきり頭を横に振った。少し目を開いて、自分の指の隙間から恐る恐る冨岡さんを見る。困ったような、戸惑うような冨岡さんの表情を、私は初めて見た気がした。
「胡蝶に言われて来た。きちんと話をするべきだと」
話って何?しのぶさん何を言ってくれたんだろう?あああダメだ、心臓の音が煩すぎてもう何も考えられない。
「本当はお前が俺のところを訪ねて来た時に言うべきだった。だかお前はなんというか、いつも唐突すぎる」
「き、今日はたくさんお話してくれるんですね…」
はっしまった!頭が混乱してつい変なこと言っちゃった。でもいつも冨岡さんとのお喋りは私が一方的に話すばかりで、こんな風に冨岡さんが話してくれたことはあまりなかったように思う。冨岡さんは思い切り顔を歪ませていた。あの日冨岡さんのお屋敷を訪ねた時と同じ顔だ。
「と、冨岡さんのこと考えると…胸が苦しいんです!心臓もドキドキするしずっと熱があるみたいで…」
「…そうか」
「…恋って、こういうものなのでしょうか…?」
その答えを知っているのは冨岡さんしかいないと思った。私を病みたいにおかしくさせる人。私は冨岡さんの羽織の裾をぎゅっと握った。最早これは決死の覚悟、一世一代の大勝負である。
羽織を握っていた手首を冨岡さんが掴み返す。ぐっと引き寄せられた吐息がかかりそうなその距離に、緩い眩暈が襲ってくる。
「俺がその恋とやら、教えてやろう」
ああ、私の恋は今、急速に走り始めた模様です。
(201212)