愛し君へ

お墓参りの後に義勇がこのまま行くと言い出したので、鱗滝さんはもっとゆっくりしていけばいいと引き留めた。義勇は首を横に振った。麓の方まで送っていくと私が言うと、それには首を振らなかった。私たちはゆっくりと、何を話すでもなく歩いた。私も義勇も気持ちを口に出すことが苦手だ。錆兎はそうじゃなかった。三人でいると笑ったり話したり、空気が華やいだのは錆兎がいてくれたからだった。

「鱗滝さんに言われた、名前に手紙を書いてやってくれって」
「…そう」

漆塗りの小箱はもう義勇への手紙で溢れていて、蓋が浮いてしまっていた。気づいていた鱗滝さんの温情だと思った。

「名前が嫌じゃなければ、書くよ」
「嬉しいよ」

嬉しい。もう一度そう呟くと、義勇はそっかと返事をして笑った。鬼殺隊に入った義勇は何もかも変わってしまったように思えたけれど、瞳の奥は昔と同じ色のままで嬉しかった。

義勇から手紙が来たのはそれからひと月程経った頃だった。丁寧な時効の挨拶と、自分は元気でやっていること、そちらはどうかということしか書かれていない短い手紙だった。それでも嬉しくて、何度も何度も読み返した。大切な言葉を零してしまわないように、何度も何度も。

来る日も来る日も、暇さえあれば義勇からの手紙を読み返す私に、鱗滝さんは優しく言ってくれた。

「名前、返事を書きなさい」
「でも、」

鱗滝さんは優しく私の頭を撫でた。

「大丈夫だ。そんなことで錆兎は怒ったりしない」

義勇に会いたいと思う。義勇に何か伝えたいと思う。そうすると、あの夜の錆兎が私の手を引く。わかってる、錆兎はそんな人じゃない。手を引くのは、私のただの罪悪感だ。

鱗滝さんに優しく促されて、私はようやく筆を取った。義勇からの手紙が嬉しかったこと、私も鱗滝さんも元気なこと、狭霧山に咲いているたくさんの花のこと。そして、また次の命日には帰ってきて欲しいと書いて、鱗滝さんに渡した。鱗滝さんの鴉がそれを持って飛んでいった。鴉が飛んでいく方を見て、義勇は今どこにいるんだろうと思った。どこにいたって、義勇が無事でいてくれたらと願った。


(210104)