僕の半身

その年は冬に引いた風邪を拗らせてしまい、私は春先まで寝込んで過ごすことが多かった。よくなったと思ったらまた悪くなってを何度も繰り返し、その度に鱗滝さんがお医者さんを呼んでくれた。

「もうすぐ錆兎の命日だ。義勇も来る」
「うん」
「しっかり治さなければ」

鱗滝さんが手紙で知らせたのか、私から手紙を出す前に義勇から手紙が送られてきた。手紙には私の体を心配する言葉がたくさん並べられていた。元気になったら返事を書こうと思っていたけれど、それも出来ないままだった。そして、結局床に伏せったまま、錆兎の命日が訪れてしまった。

「入るぞ」

浅い呼吸を繰り返してぼんやりとしてしまった頭でも、遠慮がちに戸を開けるのが義勇だとわかった。義勇が隣に座って、体を起こそうとした私の肩を優しく抑え、首を横に振る。落ちかけたおでこの手ぬぐいを桶の水で冷やして、またおでこに乗せてくれた。

「義勇、ごめんね、手紙…」
「気にするな」

布団から手を出して義勇に伸ばす。冷たい義勇の手が私の手を握り返す。ひんやりとした手のひらの温度が気持ちよかった。前にもこんなことがよくあった。熱を出した私の手を義勇がずっと握ってくれていた。あの時の義勇の手は、こんなに大きくはなかったように思う。

「鱗滝さん、薬を貰いに行ってる」
「もう、錆兎のところに行ったの…?」
「まだだよ」
「錆兎に、ごめんねって…」

手を合わせられなくてごめんなさい。帰ってこない錆兎に酷いこと思ってしまってごめんなさい。あの夜返事ができなくてごめんなさい。涙がひと粒零れ落ちると、義勇が悲しい顔をしてそれを拭った。

しばらくは静かにただ時が流れていった。時々義勇が手ぬぐいを桶に浸し、絞った時のぽたぽたと零れる水の音が耳に心地よかった。

「あの夜、どうして頷かなかったんだ」

あの夜、と義勇の口からそう零れて鮮やかに蘇った。ひんやりとした夜の空気、錆兎の真っ直ぐな瞳。あの夜の月の形。あの月夜の下で、義勇と私の目が戸惑いがちに絡み合った時、義勇にだけはこの夜のことを知ってほしくないと思った。

「違うよ、私が好きなのは、義勇だよ」

握りあったままだった私たちの手は、二人の熱が混ざり合って生ぬるくなってしまっていた。錆兎の着物が重なり合う、この瞬間がたまらなく好きだ。二人の境界が曖昧になる、この瞬間が。

「今も好きよ」

そう伝えると涙が溢れてしまって、義勇の顔はよく見えなかった。でもそれでいい。私はゆっくりと瞼を閉じた。義勇は私が眠りにつくまで、ずっと傍にいてくれた。


(210115)