炭治郎と禰豆子

その日義勇から、私と鱗滝さんとに宛てた二通の手紙が届いた。その手紙がいつもよりも随分と長くて驚いた。奥多摩で出会った少年と不思議な鬼の少女のこと、隊律を犯す覚悟で二人を逃したこと、その少年に鱗滝さんを育手として紹介したこと。その判断如何で私にも迷惑をかけることを何度も詫びていた。鬼殺隊という組織について私が知ることは少ないけれど、柱である義勇がそういう判断を下したことが私は不安でたまらなかった。きっと義勇にとっては自分の命を懸けた上での行動だろうということが、想像に難くなかったからだ。

鱗滝さんの手紙にも同じようなことが書かれていたようだった。私は鱗滝さんの名前を呼んだ。自分でも思った以上に不安が滲み出た声だった。

「まずはその少年に会ってからだ。全てはそれからだ」

稽古着を身に纏った鱗滝さんを見るのは数年振りだった。手紙の内容からするにその少年がここを訪れるのはもう間も無くだろう。鱗滝さんは夜明けまでには戻ると言い残して行ってしまった。


炭治郎は、優しい少年だった。錆兎が正義感に満ちた真っ直ぐな優しさを持った人なら、炭治郎は温かい陽だまりにいるみたいな優しい人だった。けれども意外と頑固なところもあって、私が体が弱いことを知ると率先して家のことを手伝ってくれた。大丈夫だと言っても頑として譲らないところは、なんとなく錆兎に似ている。

炭治郎が狭霧山に来てから禰豆子ちゃんは一度も目を覚さなかった。朝起きてから、稽古に出かける前、戻ってきてから、眠る前、折を見ては禰豆子ちゃんの様子を見て、息をしていることに安堵する炭治郎を見るのは切なかった。私も日に何度か禰豆子ちゃんの様子を見ていたけれど、深い眠りについた様子はとても鬼とは思えなかった。

最初は半信半疑だった人を襲わないという鬼の存在。炭治郎の為人とそれを信じた義勇の心が、少しずつ私の不安を和らげていった。それは鱗滝さんも同じようだった。

「おはようございます!」
「おはよう、炭治郎」

炭治郎の朝は早い。必然的に私も朝が早くなる。昔もそうだった。義勇と錆兎がいた頃は、こうして朝早く起きて朝食の準備をしていたことを思い出した。

「名前さん、何かあったんですか?」
「ううん、どうして?」
「なんだか今日はいつもと匂いが違う気がして」

心当たりは一つだけあったけれど、口にはしなかった。今日は錆兎の命日、年に一度だけ義勇が帰ってくる日だ。


(210203)