重なる面影

炭治郎が狭霧山に来て一年が過ぎた頃、教えられることは全て教えたと言って、鱗滝さんは炭治郎に稽古をつけるのをやめてしまった。空いた時間、鱗滝さんは禰豆子ちゃんにずっと語りかけていた。人間は守るべきもの、傷つけてはいけない、と。

「気休めかもしれんがな」
「そんなことない。私もそれ、してもいい?」
「もちろんだ」

禰豆子ちゃんはここに来てから一度も目覚めなかった。その姿は、鱗滝さんに拾われてここに来たばかりの自分の姿と重なった。体が弱くて寝てばかりだった頃、いつも手を握ってくれていたのは義勇だった。そんなことを思い出しながらそっと禰豆子ちゃんの手に触れる。小さな手はとても温かかった。

もしもこのまま禰豆子ちゃんが、人を襲わない鬼として在り続けるとしたら。義勇の言う通り、二人は人と鬼の長く続く争いの歴史を変える、突破口のようなものになりうるのかもしれない。けれどもその道のりは、きっと辛く険しいことばかりだろう。

「禰豆子ちゃん、お兄ちゃんのこと、守ってね」

その険しい道のりを経たその先に、この小さな手にたくさんの幸せが降り注ぐよう、どうか、どうか。



鱗滝さんは炭治郎を最終選別に行かせるかどうか、ずっと迷っているようだった。あの岩を斬れと言ったのも、炭治郎にはできないことを見越してのことだったと思う。

鱗滝さんが炭治郎に稽古をつけなくなってから半年ほど経った頃から、少しずつ炭治郎の顔つきが変わってきた。最初は頭を垂れて帰ってきていたはずなのに、いつからか炭治郎の瞳の奥には、小さな炎のような光が宿っていた。

「炭治郎、もうじき灯りを消すからね」
「…はい、もう少しだけ!」

眠る直前まで稽古を続ける炭治郎の横顔が、その時不意に錆兎と重なった。胸の辺りがぞわりとして、なんだか錆兎が近くにいるような、そんな気さえした。斬ってしまう、きっと炭治郎はもうすぐあの大岩を斬ってしまうだろう。

もうじき最終選別の季節が来る。義勇はそのつもりで炭治郎をここに導いた。私もそれを信じなきゃいけない。だけどあの、お日様みたいに優しく笑う炭治郎を思うと、私の心は言いようのない不安に駆られた。私も心のどこかで思っていたのかもしれない。鱗滝さんと同じように、炭治郎には斬れない、選別に行かせたくない、と。

私と鱗滝さんの心模様は露も知らず、炭治郎があの大岩を斬ったのはそれから一月ほど後のこと。鱗滝さんが彫った厄徐の面には、光り輝く太陽の印があった。


(210211)