いつかどこかで

炭治郎が最終選別から無事に戻り、そして旅立ってしまうまでは本当にあっという間だった。

「本当にお世話になりました」
「ううん、こちらこそありがとう」

隊服に身を包み日輪刀を腰に下げた炭治郎は、初めて会った時よりも随分と大人に近づいたようだった。

最終選別に発つ日に炭治郎の口から出た“錆兎”という言葉。炭治郎には錆兎の話をしたことはなかったはずだった。聞くと、真菰という少女と共に稽古をつけてくれたのが錆兎だと炭治郎は言った。二人のおかげであの大岩を斬ることができたと。なんだか錆兎らしくて笑ってしまった。

「どうして名前さんがお礼を言うんですか?世話になったのは俺の方なのに」
「大切な人にさよならを言えたの、炭治郎と禰豆子ちゃんのお陰だから」
「大切な人?」

錆兎が狭霧山に帰ってきたような気がしていた。夢に錆兎が出てきた時、錆兎は私にさよならを伝えに来たんだとようやく理解できた。届かないはずの言葉で何度も何度も紡いでくれたのは、別れの言葉だったんだと。

不思議そうな顔をする炭治郎に時々手紙を書いてねと伝えると、すぐにいつものお日様みたいな笑顔を向けてくれた。鱗滝さんが作った背負い箱をこんこんと叩いて、禰豆子ちゃんにまたねと声をかけると、中からカリカリと音がした。

「さようなら、炭治郎」

さようなら、錆兎。錆兎の思いはきっと炭治郎が運んでくれるよ。だから少しだけ、さようなら。たくさんのありがとうもごめんなさいも、いつかまたどこかで会えたときに。



炭治郎は驚くほど筆まめだった。毎日眠る前に日記をつけていたのは知っていたけれど、それにしても鎹鴉が飛んでくる回数はぐんと増えた。炭治郎のおかげで私は随分と鬼殺隊について詳しくなったし、時々偶然に会った義勇の様子も教えてくれた。

炭治郎が狭霧山を去ってから、また元の静かな生活がやってきた。義勇の無事を祈り、錆兎に手を合わせ、炭治郎に手紙を書いた。一つ大きく変わったことが、時々麓の小さな診療所の手伝いに出かけるようになったこと。体も随分調子が良くなってきたので何か仕事をしたいと鱗滝さんに相談すると、いつもお世話になっている先生のところの手伝いはどうかと提案してくれたからだ。

炭治郎の手紙はどこか昔の絵巻物のような、不思議な物語を読んでいるような気持ちにさせるので、私は炭治郎からの手紙を密かに楽しみにしていた。ところがある日を境に、炭治郎からの手紙がぱったりと途絶えてしまった。どんなことがあってもひと月に一度はやってきていた鎹鴉を、もうふた月は見ていない。不安に思って義勇に手紙を書くと、すぐに返事が来た。その手紙を見て、思わず息を呑んでしまった。


(210223)