半々羽織の手下

「こんにちは」

振り返ると、鬼殺隊の隊服に蝶の翅脈のような模様の羽織姿の、これまた綺麗な女性が立っていた。今日は綺麗な女性にツキでもあるのだろうか。

「冨岡さんのお知り合いですか?」

私が頷くと、その女性はやっぱり!と言い、そしてにっこりと笑った。その顔があんまりにも綺麗で、女の私でも惚れ惚れしてしまうほどだった。

その女性、しのぶさんはこの蝶屋敷の主だそうだ。私が炭治郎のお見舞いに来たというと、快く屋敷の中を案内してくれた。それにしても、こんなに綺麗で若い女性が義勇と同じ鬼殺隊の柱であるなんて。しのぶさんの強さと鬼殺という世界の過酷さの両方を物語っているようだった。

「炭治郎は大丈夫なんでしょうか?」
「ええ、数日前に目を覚まして今は安静にしているところです。お話くらいなら大丈夫ですよ」
「そうですか、よかった…」
「それにしても驚きましたよ、冨岡さんにそういう女性がいたなんて」

含み笑いのしのぶさんが静かに扉を開けた。慌てて否定の言葉を探したけれど、奥底のない夜のような瞳に見つめられると、私が何を言ったところでしのぶさんには届かないし、全くもって敵わないような気がした。観念して扉の向こうを見やると、寝台には力無い笑みを浮かべ、誰かと談笑する炭治郎が横たわっていた。

「炭治郎…!」

その傍らに駆け寄ると、炭治郎の目が大きく見開かれた。いくつもの管がその体に繋がれた様は見ているだけで痛々しかったけれど、炭治郎が生きているというその事実に心の底から安堵した。

「名前さん!一体どうして…」
「どうしてって…突然手紙が来なくなったから心配で…」

木製の簡素な椅子に腰掛けながらそう言うと、寝台の反対側に黄色い髪の少年が一人、炭治郎の足元には猪のお面を被った少年が一人いた。いつも手紙に書いてある炭治郎の友人ということは一目瞭然だ。

「炭治郎、その人誰?」
「ああ、狭霧山でお世話になった名前さんだ。名前さんこっちは、」
「善逸くんと伊之助くんね。すぐにわかった」

ぺこりと小さく頭を下げた善逸くんとは対照的に、寝台に立ち上がり仁王立ちした伊之助くんは、ぴっと真っ直ぐに私を指差した。

「てめぇっ!さては半々羽織の手下だな!?」
「えっ、半…?」
「こら、伊之助!」
「やめろ!女性に指を差すんじゃない!」

起き上がれない炭治郎の代わりに、善逸くんが伊之助くんの頭をごつんと叩いてズルズルと寝台から引き摺り下ろした。呆気に取られていると、炭治郎がすみませんと苦笑いを浮かべた。

「半々羽織っていうのは冨岡さんのことで」

なるほど。私は自分の羽織を見て納得し、それから伊之助くんの半々羽織の手下という言葉を思い出し、思わず笑ってしまった。

それからしばらくは炭治郎の怪我の経緯を聞いたりしていた。その間にもたくさんの人がこの部屋を出入りしていた。蝶屋敷で働く女の子たちは皆揃いの蝶の髪飾りをつけていて、それがとても可愛らしかった。

あんまりにも頻繁に扉が開閉するので、私はすっかり油断していた。何度目か分からない時に扉が開いた時、私はもう振り返ることすらしていなかったけれど、その時ばかりは炭治郎と善逸くんの顔がギョッとしたので驚いた。どうしたのと尋ねる間もなく右の二の腕をグッと掴まれて、私の肩は思わず跳ねた。

「ここにいたのか」

その声に恐る恐る振り返ると、そこには呆れ顔とも取れる表情の義勇が立っていた。

「義勇、」
「行くぞ」

掴まれたままの腕を引っ張られ、炭治郎たちにさよならも言えないまま部屋を後にした。廊下ですれ違ったしのぶさんが、あらあらと口元を隠して笑っていた。


(210304)