終わりの始まり

部屋の隅に置かれた小箱の中には、たくさんの出せなかった手紙と、ほんの少しの義勇からの手紙。鬼殺隊は明日をも知れぬ身。鱗滝さんの言葉を思い出しながら、それらを一つ一つ開いていく。

十三の、錆兎も義勇もいなくなってしまったあの春から、思えば私は待ってばかりだった。ずっとそうやって生きてきたはずなのに、今は義勇を待つことが何よりも難しいことのように感じられた。指先から冷えていく感覚が手紙を持つ手を震わす。美しく紡がれた義勇の元気でやっているという文字が、途方もなく奇跡のようなことなんだと今更ながらに思った。

「名前、義勇から聞いているか」

鱗滝さんが全てを話してくれたのは、義勇と約束を交わしたあの日からすぐのことだった。禰豆子ちゃんが陽光を克服したことで、鬼殺隊の置かれる局面は一気に変わってしまった。鬼の始祖は必ず禰豆子ちゃんを奪いに来るだろう。そしてその目論見を阻むように、禰豆子ちゃんを人間に戻す薬が完成した、と。

「儂は立会いを命ぜられた。行かねばならん」

千年変わらなかった現実が、今音を立てて崩れようとしていた。そこに真っ直ぐに立ち向かっていく義勇は、今どんな気持ちでいるんだろう。鱗滝さんは、お面の下でどんな顔をしているんだろう。炭治郎は、禰豆子ちゃんは。

「いいか、この先のことは誰にもわからない。お前は何があってもこの狭霧山を出てはならない。わかったな」

不安ではち切れそうな胸を諌めるように奥歯を強く噛んで、鱗滝さんの言葉に頷いた。そうして鱗滝さんは狭霧山を去り、私は一人になった。



夜になって誰もいなくなった部屋で一人、ついたため息が確かに音になって耳の奥を震わせた。時間が流れるのがひどく遅く感じられる。落ち着かないまま部屋の格子窓から外を見ていると、ふっと何の前触れもなく部屋の灯が一人でに消えてしまった。何かの合図のようだった。

戦いが始まったのだろうか。もうすでに始まっているのかもしれない。そうだ、錆兎に。錆兎の優しい顔が不意に浮かんで、弾かれるように外へ出た。草履を履くことも忘れ、ただ真っ直ぐに錆兎のところへ走った。荒れた山道を月が導くように照らしてくれた。

「錆兎!」

すぐに上がってしまう息を、苦しくて仕方がない胸を押さえて、どうにかその墓前まで辿り着くと、見覚えのない白い菊が一輪だけ手向けられていた。少し萎れたその花を見て、あの日の義勇だとすぐにわかった。

「錆兎…お願いっ、どうか、どうか…!」

墓前にそのまま座り込んで、縋る気持ちで錆兎に手を合わせた。どうか、義勇を、炭治郎を、鬼殺隊の全ての人の無事を。刀を持てない私たちのために、いつも彼らは自身を犠牲にして命を賭して戦っている。悲しみに暮れる人が一人でも減るようにと、誰よりも美しく清らかな心で戦っている。

涙で霞む東の空に向かって祈った。どうか一分一秒でも早く、希望の光がその身を包むよう。今はまだ暗い夜の中、たくさんの人が朝の光に焦がれている。


(210329)