2月は忙しい。義勇さんの誕生日とバレンタインデーが近いから、こちらとしても準備に余念がない。プレゼントはランニング用のジャージにして、バレンタインには手作りキットで簡単なチョコレートを作ろうと決めたのは、2月2日のこと。義勇さんの家に寄る手前のスーパーで、ふと節分用の豆が目についた。今年の節分は1日早いとテレビのニュースで見たのを思い出す。なんとなく手に取って、チューハイやお菓子でごった返すカゴの中にぽいと放り込んだ。
「お邪魔しまーす」
義勇さんのマンションに着くと、お風呂上がりの義勇さんがリビングで缶ビールを飲んでいた。あてが欲しいのか、隣に座ってスーパーの袋を広げるとひょいと覗き込んできた。
「相変わらずお菓子ばっかりだな」
「えへへ…」
そう言われても仕事で疲れた体は甘いものを欲して仕方がないのだ。どれから食べようか中身を吟味していると、底の方にさっきの豆があることに気がついた。取り出して義勇さんに差し出してみる。
「これならどう?」
「豆?」
「今日節分なんですよ?今年は1日早いって」
パッケージの後ろには額につけるための小さな鬼のお面と、ご丁寧に輪ゴムまで添付されていた。せっかくなので輪ゴムをつけて義勇さんの頭に乗せると、真一文字の口が途端にへの字に曲がったので、可笑しくてつい笑ってしまった。
「ふふっ、義勇さん全然似合わない」
あんまりにも迫力のない可愛い鬼の姿に、豆をぶつける気にもなれない。袋を開けて義勇さんの手のひらに一つずつ数を数えながら豆を乗せていく。
「豆は年の数だけですよ」
「それくらい知ってる」
「あれ?一つ足すんでしたっけ?」
「さぁ」
わざわざ調べるのはめんどくさかったけれど、手のひらの豆を乗せたそばから義勇さんがうまいうまいと食べてしまうので、おまけで一つ多く乗せてあげた。それにもうすぐ義勇さんの誕生日だ。一つくらい誤差の範囲だろう。
「ああ、楽しみだなぁ」
「何がだ」
「ううん、なんでも」
プレゼントを渡したらどんな顔するかなぁとか、美味しいケーキが食べられるなぁとか。2月という季節がこんなにも自分の中で意味を持つことになるなんて、夢にも思わなかった。義勇さんは不思議そうな顔をしていたけれど、自分の豆を食べ終えると、今度は私の年の数だけ手のひらに豆を乗せてくれた。
「食えるのか?」
「どうかなぁ」
正直なところ、手のひらの豆よりもスーパーの袋に入ったままのお菓子の方が食べたい。申し訳程度にいくつか口に運ぶと、察してくれたのか結局ほとんどの豆を義勇さんが食べてくれた。
「私の今年の健康は義勇さんにかかってるってことだね!」
「任せろ」
そう言ってくれた義勇さんが妙に頼もしく見えたので、私も安心して袋の中のチョコレートに手を伸ばすことができた。
(210208)