3月 春を迎え

テレビから流れてくる明日の天気予報に重苦しいため息をついた。ぼーっとする頭を抱えてくしゃみをひとつすれば、この義勇さんが気の毒そうな顔をして私にティッシュの箱を差し出した。

「すみません…」
「いや、大丈夫か」
「大丈夫そうに見えますか」
「…悪かった」

この時期になるとここ数年毎年こうだ。鼻水もくしゃみも止まることを知らず、薬を飲めば頭がぼんやりして眠くなる。こんなことで春の訪れを感じるのは腑に落ちないけれど、こればっかりは仕方がない。明日の花粉飛散量にもう一度ため息をついてテレビを消した。花粉などどこ吹く風の義勇さんが今はとてもうらやましい。

義勇さんちのあんまり広いともいえないセミダブルのベッドが密かにお気に入りだ。とにかくぎゅうぎゅうにくっついて眠ることができるから。私が持ってきた肌触りのいい毛布はいつも夜中に取り合いになる。今はそれをきれいに半分こして、部屋の明かりを暗くする。

「明日は屋内に出かけよう」
「そうですね、100%賛成です」

義勇さんの腕に腕を、足に足を絡ませる。春になって暖かい日が増えてきたとはいっても夜はまだまだ寒い。夏になったら嫌がられるかもしれないから、今のうちにうんとくっついて義勇さんの体温を忘れないようにしておこう。

「気を遣わせてごめんなさい、」
「いや、構わん」
「うん…」

薬の副作用のせいなのか、二人の体温で温まったこの毛布のせいなのか、すぐに瞼が重くなった。義勇さんがこめかみの辺りにキスをくれたのがわかった。温かくて心地の良いこんな春の夜も、悪くはないなぁと思う。

「おやすみ」

義勇さんの優しい声が頭の中に柔らかく響いた夜だった。


(210307)