私は義勇さんが好きなので、義勇さんのかっこいいところ、優しいところ、可愛いところをたくさん知っている。そしてそれを踏まえた上で、世界中どんなに探したってこんなに素敵な人はいないといつだって思ってる。
それは本当に偶然だった。一つにまとめられた髪に紫色の蝶の髪飾り、見つめられると吸い込まれそうな瞳。義勇さんの隣で笑うその人は息を呑むほどに美しくて。たまたま見かけてしまったその光景は、私の心を十分に掻き乱した。
「胡蝶はただの友人だ」
会ってからずっと口をへの字に曲げている私に義勇さんはそう言った。そんなことはわかっている。私が聞きたいのはそんなセリフじゃない。
「わかってますよ」
義勇さんのことを疑ってるわけじゃない。私が聞きたいのは、私が言いたいのは、義勇さんは私にとって世界で一番素敵な人だっていうこと。だからそんな人、きっと他の人だってほっとかないっていうこと。もしも胡蝶さんが義勇さんを好きになってしまったら、私なんて勝ち目はないのだ。
そんな繊細な乙女心、きっと鈍感な義勇さんにはわかりっこない。それに仮にうまく伝えられたところで、そんなことないって義勇さんは言うに決まってる。そんなことがどんなことか、私にはよくわからないけど。
面と向かうと自分でも嫌になるようなことを言ってしまいそうで、ソファの端に膝を抱えるようにして座り直し、スマートフォンのロックを解除した。通知のないメッセージアプリややる気のないゲームのアイコンの上を指先がうろうろとしている。距離を取ったことが気に入らなかったのか、義勇さんはへの字に曲げた口元に不機嫌さを全面に表し、私の隣に座り直した。
「いや、わかってない」
「わかってます」
「嘘だな。今日は嘘つきの日だ」
「…嘘つきの日?」
その言葉に手の中の画面のウィジェットに設定したカレンダーを見て、義勇さんが何を言いたいのか理解した。今日の日付は4月1日。
「ああ、エイプリルフール…」
義勇さんの言葉の意味をようやく理解し、それならばと義勇さんのシャツの裾を摘んだ。
「じゃあ、好きって言ってくれたら、機嫌なおします」
義勇さんは少しだけ目を丸くしたけれど、すぐにいつもの表情に戻って一言呟いた。
「好きだ」
聞き慣れない愛の言葉に耳が熱くなる。摘んだシャツに力を入れて、私は小さく首を横に振った。
「やっぱり嘘。愛してるって言って」
たぶん私の顔は今真っ赤に染まっているだろう。これじゃあからかっているのかからかわれているのかよくわからない。けれど、ここまで来たら引き下がれないのだ。義勇さんはそんな私を見て何を思ったのか、少しだけ微笑んで唇を耳元に寄せた。
「愛してる」
甘く優しい声に目眩を覚える。絆されそうになるのを必死に堪えて、私はもう一度首を横に振った。
「や、やっぱりキスしてくれなきゃ…っ!」
言い終わるより早く義勇さんの唇が重なった。とろけるようなキスに私はすぐに体を支えられなくなり、そのまま義勇さんに押し倒されるようにソファに体を埋めた。
「それで、次は」
唇が離れ、ほんの少しの距離を空けて義勇さんが呟いた。その表情にクラクラとしながらも、私は日付が変わるまで小さな嘘を積み重ねた。
(210401)