一緒なら何処へでも

とはいったものの、自分の恋心を自覚したところでそれをすぐに口に出せるほど、私は勇敢な人間ではなかった。冨岡さんと過ごす日々はこれまでと変わらず、好きと伝えたい気持ちとその結果を恐れる自分が両極端に揺れる日々だった。

何度目かに訪れた純喫茶の店で、冨岡さんはコーヒーを、私は紅茶を飲んでいた。二人で何度か通ううちにメニューを吟味した結果、紅茶の方が飲みやすいということに気がついたからだ。

「宇髄のところに子ができたんだ。もうすぐ産まれるらしい」
「あら、それはおめでたいですね」

ところが冨岡さんは浮かない顔をして、それから少し黙ってしまった。何か問題でもあるのだろうか。私が首を傾げると、冨岡さんが重い口を開いた。

「悪いんだが、産まれたら一緒に来てくれないか」
「どこへですか?」
「宇髄のところだ」
「私が?ですか?」
「ああ」

どうして私が宇髄家に…?さらに首を捻ると、冨岡さんが顔をしかめてぽつりと付け加えた。

「須磨がうるさいんだ」

須磨さんという名前には聞き覚えがある。遊郭での一件のあとに宇髄さんが蝶屋敷で療養中、その寝台の傍でわんわんとよく泣く女性が一人いた。あの人がたぶん須磨さんだ。その須磨さんがどうして私に会いたがっているのかはわからなかったけれど、どうにも冨岡さんが困っているように見えた。

「いいですよ、行きます」

私が頷いて見せると、すまないと冨岡さんは申し訳なさそうに言った。私としては、どんな形でも冨岡さんと一緒にいられる口実ができるのならば何だって構わないからだ。

それから少しして、冨岡さんの元に宇髄さんの奥さんが無事に赤ちゃんを出産したとの知らせがあった。母子共に健康、いつ来てくれても構わないとのことだったので、ひと月ほど経ったころ二人で宇髄家へ赴くこととなった。

「あの、ところで変な質問だとは思うんですけれど」
「何だ」
「赤ちゃんのお母さんはどなたなのでしょう?」

道すがらずっと気になっていた質問を冨岡さんに投げかける。宇髄さんの奥さんが、須磨さんと雛鶴さんとまきをさんというところまでは思い出したけれど、さすがにどの方が子どもを産んだのかまでは知る由もなかった。

「ああ、雛鶴だ」

冨岡さんはさも当然かの如くそう言ったけれど、頭の中でもう一度そのやりとりを繰り返して、やっぱり変な会話だと思った。

この頃冨岡さんは、並んで歩く時は必ずと言っていいほど私の右隣にいてくれる。人混みを歩く時や距離があるときは尚更そうだ。最初は単純に嬉しかったけれど、最近では少し戸惑ってしまう。あんまり優しくされると、好きの気持ちに歯止めがかからなくなってしまうから。

冨岡さんはゆっくりと歩いてくれて、それでも日が一番高く昇るより前には宇髄さんの家にたどり着くことができた。大きな屋敷の庭を通り、玄関の引き戸に冨岡さんが手をかける。

「お邪魔します…」

冨岡さんは無言のままだった。なんとなく小さく挨拶をし、冨岡さんのあとに続いて草履を脱いだ。すると家の奥の方からバタバタと大きな足音が聞こえてきた。…宇髄さんのお宅は宇髄さん含め皆さん忍びの出だと聞いていたけれど、家ではこんなものなのだろうか。

「あ〜!貴女が名前ちゃんね!いらっしゃい!」

奥から出てきたのは須磨さんだった。須磨さんは私を認識すると、あっという間に私の手を掴んで元来た廊下を駆け抜けた。前言撤回。その身のこなしはさすが忍なだけあって、並の隊士以上のものだった。

「天元様ぁ!来ましたよぉ名前ちゃん!」

通されたというべきか引きずってこられたというべきか、部屋には宇髄さんにまきをさん、そして赤ちゃんを抱いている雛鶴さんが勢揃いしていた。面識はあるもののお話ししたことはほとんどなかったので、なんとも言い難い空気が部屋に漂う、須磨さん以外には。

「こら須磨!困ってるでしょ!」
「怒らないでよまきをさぁん!」
「遠いところわざわざありがとう。ゆっくりしていってね」
「す、すみません…お邪魔します」

優しく笑いかけてくれた雛鶴さんに慌てて頭を下げる。腕の中の赤ちゃんはお母さんに抱かれて安心しているのか少し眠そうな顔をしていた。

「つーか冨岡は?」
「俺を置いてくな」

宇髄さんがそう問いかけたところに、頃合いよく冨岡さんが部屋の戸を開けた。少し不満そうな顔をしているのが見て取れる。

「よお冨岡!温泉以来だな…ん?つーかお前あれか!蝶屋敷にいた!相変わらず地味だな!」

宇髄さんは冨岡さんへの挨拶もそこそこに、隣に立つ私を指差しながらずんずん近づいてきた。

「そ、その節はどうも…」
「冨岡に温泉饅頭を渡す相手がいるのには驚いたが、まさかこいつだったとはな」

見上げるほど背の高い宇髄さんが、私と冨岡さんを交互に見やりながらニヤニヤしていた。隣をそうっと盗み見ると冨岡さんがさらに顔をしかめていた。


(210508)