Bad Dream

名前が重たい体を引きずるようにして水柱邸にたどり着いたときには、日は随分と高く昇っていた。玄関先で名前を出迎えた義勇が一瞬驚くほどに、名前の疲弊の色は一目見てわかるほどだった。左手は右の二の腕辺りに添えられている。

「怪我をしているのか」
「大丈夫です。かすり傷ですから」

お風呂を借りてもいいですかと草鞋を脱ぎながら名前が言うので、それならば蝶屋敷へ帰るべきだろうと義勇は言った。名前はしのぶの継子だ。湯浴みも傷の手当ても蝶屋敷で事足りる。

「しのぶさんは心配性ですから。それに任務の場所がここから近かったので」

しのぶが心配するのも無理はない。名前がこんな風に任務から疲弊して、さらには怪我をして帰ってくるというのは珍しいことだった。尚更蝶屋敷へ戻るべきだろうと義勇は思ったが、名前が頑として首を縦に振らないであろうことは想像に容易かった。一度言い出したら聞かない名前の性分を、義勇はよく知っている。

すれ違いざまに吐き出されたため息は、名前のものか義勇のものか、或いはその両方か。



鍛錬を終えた義勇が次に名前を見たのは、縁側の日当たりのいい場所だった。その隅の方で丸くなって小さな寝息を立てている。さながら猫のようだと義勇は思った。引き裂かれた隊服の隙間からは白い包帯がチラリと覗く。

隣に腰を下ろしそっとその髪に指を通しながら、義勇は名前を奥の座敷に連れて行こうかと考えていた。ところが、穏やかだった名前の寝顔がみるみるうちに曇り始めた。眉間に深く皺が刻まれ、額に汗が滲み、小さく呻いている。何か悪い夢でも見ているのだろうか。義勇が名前を起こそうとその体に触れようとしたその時。

「ごめんなさい、許して…!」

半ば叫ぶようにそう言うと、名前は勢いよく半身を起こした。丸い瞳をさらに見開いて、大きく肩で息をする。そして何かを確かめるように、両の手を何度も何度も握っては閉じを繰り返した。

「…大丈夫か」

義勇が声をかけると、名前はハッと顔を上げた。そして目の前にいる義勇の存在に安心したように眉尻を下げる。

「義勇さん…」
「うなされていたようだが、」

名前は目の端に涙を溜め、そのまま義勇の胸にしなだれかかった。

「…家族の夢を見て」

それにしては随分と物騒な寝言だったと義勇は思う。今は亡き名前の家族は、話を聞く限りそのように名前を責め立てるような人たちではないからだ。悪夢というやつだろうか。小さく震える背中をそっと撫でながら、義勇は名前が落ち着くのを静かに待った。

兎にも角にもその日の名前の様子は尋常ではなかった。そしてその日名前が蝶屋敷に戻ることはなく、いつも以上に義勇のそばを離れることはなかった。


(210623)