Fall Down

「名前ちゃん!」

夕刻、名前が待ち合わせ場所を訪れると、桃色の髪がぴょんと跳ねた。その主は名前の姿を認めると、嬉しそうに名前の元へ駆け寄る。

「久しぶりね!元気そうでよかったわ」
「うん、蜜璃ちゃんも」

二人が目指すのは東の山。この近辺に出没する異能の鬼の根城を突き止めるという、任務にしては少々重いものではあったが、名前は今夜の任務に共闘相手がいること、それが蜜璃であるということに安心感を覚えていた。可愛らしい乙女に見えても彼女は柱だ。先日の単独任務で負傷してしまったこと、そのことで義勇に心配をかけてしまったことを心のどこかで引きずっていた名前にとって、朗らかで明るい性分の蜜璃という共闘相手はこの上ない人選であると思った。

「ねぇ、最近冨岡さんとは順調なのかしら?」
「い、いきなりその話?」

名前が顔を赤らめて慌てると、笑い上戸な蜜璃はふふっと声をこぼし両手で口元を覆った。

「だって、名前ちゃんから聞く冨岡さんの様子、私が見る冨岡さんの様子と違ってなんだか面白いんだもの」
「そうかな、普通だよ…。蜜璃ちゃんの方こそ、伊黒さんとどうなの?お手紙のやりとりしてるんでしょう?」
「やだぁ、名前ちゃんってば!」

照れ隠しにバシバシと背中を叩く蜜璃に名前は苦笑いを浮かべつつ、二人は並んで目的の山へと歩みを進める。

鴉からの情報によると、近頃麓の村では妖怪に捕らえられてこの山に引き摺り込まれてしまうという噂で持ちきりらしい。なるほどなぁと名前は目の前の山を見て思う。木々の生い茂る様はあまり手入れもされておらず、昼間も陽光が届かないとなると、鬼が根城にするには恰好の場所だともいえる。

「二手に分かれた方が良さそうだね」
「そうね。じゃあ私は裏から回るわ。名前ちゃんはこのまま真っ直ぐお願い」
「うん、山頂で落ち合おう」

名前は蜜璃と分かれ、一人夜の山へと足を踏み入れた。

しばらく道なき道を進み、山の中腹にたどり着いた頃、名前は嗅ぎ慣れた臭いを察知した。

「…血の臭い」

目を凝らして辺りを良く見れば、地面に血の跡がある。その場にしゃがみ血溜まりに触れるとそれはまだ生温く、その跡は真っ直ぐに山頂へ向かって伸びていた。──近いかもしれない。名前は立ち上がって山頂へと急いだ。



その鬼は、五十人目を喰ったところで今まで喰べた人間の数を数えるのをやめてしまった。そこで格段に力がついたと気がついたからだ。

「俺は目がいいんだ。お前の弱点もすぐに見破る」

口端の血を拭いながらそう言い放つ悪鬼を前に、名前は刀を握りしめる手に力を込めた。瞳に数字こそないものの、その力は下弦の鬼に匹敵するかもしれない。名前の背中に一筋汗が流れ落ちる。

名前が山頂にたどり着いたときには、血痕の主はすでに鬼の腹の中であり、引き裂かれた衣服の一部が地面に遺されていた。蜜璃の姿は無く、到着までにまだ時間がかかりそうだ。

「一太刀振って見せてくれよ。強い鬼狩りなら喰い甲斐があるってもんだ」
「お喋りもその辺にしておいた方がいいんじゃない?」

無闇矢鱈に技を繰り出すのは得策ではなさそうだ。仕留めるなら一撃でその頸を狙いたい。

と、その時。名前は鬼の背後から勢いよくこちらへ近づいてくる気配を感じ取った。不敵な笑みを浮かべる目の前の鬼はまだその気配に気づいていないようだ。名前は大きく息を吸い込み、力強く地面を踏み込んだ。

ところが。狙い通り一撃で頸を仕留めようと振りかぶった刀が、寸でのところで名前の手から離れてしまった。刀は勢いのまま後方へ飛び、がら空きだった名前の胴を鬼が蹴り上げ、その体は傍の大木に強く打ち付けられた。

「名前ちゃん!」

その瞬間を目撃した蜜璃が名前の名を叫び、鬼が振り返る。

「もう一人いたか」

分の悪さを判断した鬼は早々に木々の中へと姿を眩ませた。蜜璃が刀を抜くも、鋒は僅かに届かなかった。

「名前ちゃん、大丈夫?!」

蜜璃が慌てて名前の元へと駆け寄る。名前は木の下に倒れ込んだまま、蜜璃の問いかけにも微動だにしなかった。

「名前ちゃん、名前ちゃん!」

蜜璃がその体を抱き起すと、頭部を強く打ち付けたのか、こめかみの辺りから赤い血がしとどに流れ落ちた。蜜璃は名前を背負い、持てる力の限りを尽くして蝶屋敷を目指した。


(210626)