6月は衣替え

「あ」

義勇さんの部屋のクローゼットの中にある小さなチェストの一番上の引き出しには私のお泊まりセットが入っている。その引き出しを久しぶりに開けて、しまったと思った。前に義勇さんちに泊まったのっていつだっけ。すぐに思い出せないということはなかなかに久しぶりなのだろう。何よりこの冬用のパジャマがそれを物語っている。

「義勇さん」

お風呂上がり、冷蔵庫から缶ビールを取り出す義勇さんを慌てて捕まえる。

「パジャマ貸してほしいんです」
「前に持ってきてなかったか?」
「それが冬用のだったんです」

前に来た時はまだ夜が寒くてギリギリ着れないこともなかったことを思い出した。最近義勇さんが私の家に来てくれることが多かったからな。義勇さんは一旦缶ビールをテーブルに置いて、すぐにTシャツとジャージを出してくれた。

シャワーを浴びて早速義勇さんのTシャツに袖を通すと、思った以上にサイズが大きい。Tシャツなのに私が着ると最早五分丈である。ジャージももちろん裾が余ってかなり捲り上げないと足が出ない。おかしい。普通彼氏の服を借りた女の子ってもっとこう、なんというか、可愛くなるもんじゃない?

案の定、リビングに現れた私の格好を見て、ソファに座っていた義勇さんは飲みかけたビールに盛大に咽せた。

「ひどい!そんなに笑わなくたって」

義勇さんは咳込む合間に悪いと言って、隣に座った私の肩にかけていたタオルを頭に乗せ直して、それから大きな手でわしゃわしゃと私の髪を拭いてくれた。

「夏用の、引き出しに入れておかないとな」
「そうですね…あ、じゃあ明日一緒に買いに行きません?」

タオルの隙間から義勇さんの顔を見ると、私の言葉に義勇さんの口の端がみるみる下がってへの字になってしまった。

「いやだ」
「いやだ?!」

思わぬ答えにおうむ返しをしてしまうと、義勇さんは両手で私のほっぺたをむにっとつねる。

「この間ワンピース一枚買うのにどれだけ付き合わされたと思ってるんだ」
「いたた…ごめんなひゃい…」

この間一緒に出かけた時、夏用のワンピースが欲しくて、優柔不断な私は随分と義勇さんを振り回してしまった。あちこちお店を回ってああでもないこうでもないと悩んで、結局一番最初に見た水色のワンピースに決めた時は、義勇さんはどんよりとした顔で盛大なため息をついていたっけ。お詫びに焼肉ディナーの奢りで手打ちにしたのは記憶に新しい。

「大丈夫です、今度はパジャマですから!ね?」

目の前で手を合わせて首を傾げて義勇さんにお願いすると、義勇さんは髪を拭いていた手を止めて私の顔をじっと見つめ返してくる。

「…1時間しか付き合わないからな」
「やったぁ!義勇さん大好き」

たまらず義勇さんの胸に顔を埋めて抱きつく。義勇さんが頭の上で小さくため息をついたので頭を上げると、仕方がないなと優しく笑う義勇さんがいて、私はますます嬉しくなって義勇さんの胸におでこをぐりぐりと押し付けた。


(210602)