You From That Day

「そうと決まれば文を送りましょう。鴉が届けてくれますから、心配いりません」

そうしのぶに促されるまま名前は義勇へと手紙を書いた。迷惑でなければ故郷への道案内を頼みたいと綴り、それを自身の鎹鴉の背に結んだ。

「あなたが届けてくれるの?」
「アノネェ、今マデ何度私ガ水柱邸マデ飛ンダト思ッテルノヨ」
「そ、そうなの?ごめんなさい」

何を今更と名前の鎹鴉は呆れたようにため息をつき、振り返ることなく大空へと羽ばたいた。言葉を話す鴉というだけでも今の名前には驚きだが、まるで手足のように動いてくれる様には鴉といえど頭が上がらない。

青空に小さくなる黒い影を見つめながら、名前は義勇のことを考える。しのぶの生活を見るに柱というのは極めて多忙だ。任務に見回り、自身の鍛錬、それに加えてしのぶは隊士の治療にあたることもあるため、何もわからない名前から見るとその忙しさは心配になるほどであった。義勇もきっと似たような日々を過ごしているのだろう。そう考えると、故郷への道案内を頼むなどとは義勇への負担になるのではと不安を感じずにはいられなかった。

「そんなに思い詰めなくても大丈夫ですよ。きっとすぐにいい返事が来ますから」

名前の心を見透かしたようなしのぶの言葉に、名前は俯くばかりだった。



午後になり、名前はなほ達とともに蝶屋敷での仕事に勤しんでいた。まだ鍛錬の類のような激しい動きはしのぶから禁じられているが、かといってじっとしているのも手持ち無沙汰を感じていた名前にとって、屋敷の掃除や雑用はちょうどいいものだった。なほ達と話すことでいくらか気も紛れる。

「では名前さんは、縁側のお掃除をお願いしますね」
「わかりました」
「名前さん、よく縁側が好きでよくここにいらっしゃったので何か思い出すことがあるかもしれません」

うんうんと頷き合う三人に、名前はそっと庭の方へ視線を向けた。確かに、意識を失って蝶屋敷で目を覚ましたときも、自然に足がここに向かった。庭の隅に咲くたくさんの花とそれに群がる美しい蝶を見ていると、なんとなく心が落ち着くような気もする。

静かな景色の中で名前は早速箒を手に取り、庭の落ち葉を掃いていった。その時不意に名前を呼ばれた気がした。玄関の方が騒がしくなったかと思うと、足跡が一つ、真っ直ぐこちらへと向かってくる。

「名前ちゃぁん!!」

パッと建物の影から桃色の髪が現れたかと思うと、髪の主は一目散に名前の元へと駆け寄って、その体をぎゅっと抱きしめた。驚いた名前は抱きしめられた拍子に手から箒を落としてしまった。

「名前ちゃん、目を覚ましたのね!本当に良かった…!」

わんわんと名前の肩口で泣き喚く桃色の髪が、名前の頬をふわふわとくすぐる。蜜璃がひとしきり泣いて落ち着いたのを見計らって、名前は申し訳なさそうに口を開いた。

「あの、ごめんなさい。私今記憶がなくて…」
「そっか、そうよね!大丈夫、しのぶちゃんから聞いてるわ!私は甘露寺蜜璃。名前ちゃんが怪我をした時一緒にいたのが私なの。本当にごめんなさいね」

蜜璃は改めて名前に向き直り、そして申し訳なさそうに頭を下げた。その様子に今度は名前が慌てる番だった。

「そんな、私の方こそ!…きっと迷惑をかけましたよね、ごめんなさい」
「ううん、柱の私が一緒にいながらこんなことになるなんて、申し訳ないわ」

しゅんとしょげる蜜璃に、名前は彼女もまた柱であるのかと驚いた。見た目も齢も自分と変わらなさそうではあるが、彼女もまた柱として多忙な日々を送っているのだろう。名前は蜜璃の手を煩わせたことを申し訳なく思った。

が、謝罪の応酬もそこそこに、名前は蜜璃の桃色の髪が気になって仕方がなかった。初めて見る髪色だが、生まれついてのものだろうか。今しがた頬に触れたときはとてもふわふわとして心地よかった。

「あ、あの」
「何かしら?」
「髪、触ってもいいですか…?」

我慢できずに名前がそう申し出ると、蜜璃は丸い瞳をさらに丸くし、そして思わずふふっと吹き出した。口元を両手で隠して笑う蜜璃に、名前は首を傾げる。

「記憶を失ったって聞いて心配してたんだけど、名前ちゃんは名前ちゃんね!安心したわ」
「それはどういう…」

さらに首を捻る名前に、蜜璃は一歩名前に近づき、どうぞと丁寧に編み込まれた髪を差し出す。

「私たちが初めて会った日も、名前ちゃんったらおんなじことを言ったのよ」


(210710)