8月 南への旅

旅先はやっぱり南に行くことにしようと、そう言ったのは義勇さんだった。国内でも海が綺麗で有名な島へ、二泊三日の小旅行。夢でも見てるのかと思うくらい浮かれ気分な私に、大袈裟だと義勇さんは苦笑いをこぼした。

空港を出た瞬間にまとわりつくような湿った空気が私たちを包んでも、いつもとどこか違う夏の匂いにそれすら非日常感を引き立たせるようだった。

海で遊んで、観光スポットにもたくさん足を運んで、もちろんご当地グルメも外さない。そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて、気づけばもう2日目の夕方。ディナーまでまだ少し時間があるから浜辺を歩きたいと義勇さんにお願いすると、義勇さんは快くオッケーしてくれた。

「ふふっ、サンダル脱いじゃおうかな」

いわゆるサンセットビーチというやつだ。浜辺には数組のカップルが私たちと同じようにこのどこか幻想的な景色を堪能している。素足で波打ち際まで近づくと、透明な波が足元を攫っていく。

「気をつけろよ」
「はぁい」

どうしてだろう。この島に来るのは初めてだし、義勇さんと海に来るのも初めてなんだけど、どうしてかこの夕暮れの浜辺の景色を懐かしく感じてしまう。ノスタルジー?センチメンタル?よくわからないけれど、たまらない程に胸の奥が苦しくなって、後ろに立つ義勇さんを振り返った。

「どうした」

義勇さんはとても穏やかな表情をしていた。湿った夏の風が義勇さんの黒い髪をさらさらと撫でていく。

「なんだか懐かしい気持ちになっちゃって。変ですよね」

何を言っているんだとたしなめられるかなぁと苦笑いで義勇さんを見ると、意外にも義勇さんは目を丸くして、

「同じことを考えていた」

と、ぽつりと呟いた。それは不思議だ。そう思ってもう一度水平線に沈みゆく太陽を仰ぎ見る。あの太陽には人をそんな気持ちにさせる不思議な力があるのかもしれない。

私は急に嬉しくなって、義勇さんの元へと駆け寄ってその腕を引っ張った。同じ景色を見て同じ気持ちを共有できるということが今どうしようもなく嬉しくて。

「義勇さんも入ろう!」
「ま、待て」

勢いよく踏み出した足が、押し寄せてきた波に当たって水飛沫を上げる。足元の冷たい感覚にたまらず声を上げてはしゃげば、しょうがないなと優しい顔の義勇さんが笑っていて、ああその顔が好きだなぁと、私の胸を熱くさせた。

こんな気持ちでいられる今は、うんと近くで寄り添っていたい。水色のワンピースの裾がはためく距離で。


(210803)