Duty

その日水柱邸を訪れた名前の格好を見て、義勇は思わず驚いた。隊服姿に腰に下げた日輪刀、一つにまとめられた髪には黄色い蝶の髪飾りが揺れている。その姿はまるで記憶をなくす前の名前が突然戻ってきたように思えてならなかった。

「…似合いませんか?」

すっかり固まってしまった義勇を前に、名前は苦笑いを浮かべてそう問いかける。

「いや…そんなことはない」

この数ヶ月、名前が水柱邸を訪れる際はごくごく一般的な和装の姿であった。義勇の視線に名前は自身の隊服姿におかしなところはないかと裾や背をちらちらと見やったが、やがて踵を返して歩き始めた義勇の後を慌てて追った。

「えーっと、冨岡さん」
「胡蝶から話は聞いている」
「本当に稽古をつけてくれるんですか?」

義勇は足早に稽古場へと歩みを進める。この稽古場へ指導を仰ぐ立場として足を踏み入れるのは、名前にとっては初めてのことであった。

「型を見せてやるから目で覚えろ」
「冨岡さんの稽古は随分と厳しいんですね…」
「お前なら容易だろう。水の呼吸は習得も難しくない」

買い被りだろうと名前は眉を顰めたが、名前の身体については記憶をなくす前と何ら遜色ないと義勇はしのぶから聞き及んでいる。実践においての勘というものを取り戻すには時間はかかるだろうが、特に任務に出しても問題はないだろうとも。

義勇は言葉の通り名前に呼吸の型を見せ、後は実践あるのみだと名前に刀を振るわせた。

「こうですか?」
「もう少し腕を上げろ」

そのようなやりとりを幾度か繰り返し、やがて午後になると、一通の書状を携えて寛三郎がやってきた。寛三郎はついと大きく旋回し、名前の肩に静かに止まる。

「義勇、オヤカタ様カラジャ」
「…寛三郎、俺はこっちだ」

稽古場に義勇以外の人間がいるのは珍しいことだ。寛三郎が間違えるのも無理はないと、名前は堪えきれずに吹き出した。慌てて口元を覆うも、可笑しそうに肩を震わせている。義勇はそんな名前を尻目に書状を受け取り開いた。

「悪いが今日の鍛錬はここまでだ」

書状に粗方目を通した義勇は、それを丁寧に折りたたみ懐へとしまう。名前は刀を鞘に戻しながら首を傾げた。

「急ぎの任務だ。お前に怪我を負わせた件の鬼が俺の担当地区に出没したらしい」

義勇の言葉に名前はハッと息を呑んだ。そしてがらりと目の色を変える。義勇が踵を返すより早くその羽織を掴み、静かに口を開いた。

「私も連れて行ってください」

義勇を真っ直ぐに見つめるその瞳には、強い意志が宿っている。そのような表情を見せるのも久方ぶりだと、義勇は名前を見下ろしそう思った。

「何故だ」
「その鬼を取り逃したのは私です。その頸を刎ねる責務が私にはあります」

義勇は一瞬迷った。しのぶからは任務に出しても問題はないと聞いている。だがまだ水の呼吸の習得もままならない。刀は振るえるであろうが、実践には些か不安が残る。

しかし、義勇は名前の性分をよく理解していた。いつもは穏やな名前がひとたびこのように強い意志を瞳に宿してものを言う時は、決して何事も譲らないのだ。

どんな言葉をかけたところでこの娘の説得は不可能だ。義勇はそう判断し、一つ息を吐いた。

「胡蝶には自分で説明するんだな」
「…はい!」

名前はパッと表情を変え笑みをこぼした。

それにしても。記憶をなくしてから名前がこのように我を通そうとするのは初めてのことだと義勇は思った。何か心のうちに変化があったのだろうか。義勇が名前を横目に見るも、当の名前は先程までの表情を崩し、目を細め肩にとまっている寛三郎を指先で撫で回している。

「行くぞ」

義勇の合図に寛三郎が空高く飛び上がった。名前は拳を強く握り、その黒い影を追った。


(210908)