蟲柱の温情

稽古場につくと、男の子は改めて自己紹介をした。

「俺、竈門炭治郎っていいます」
「私は苗字名前です」
「よかった、もう怒ってないね」

炭治郎は安心したように笑った。どうして私が怒ってるって知ってるんだろう?私そんなに酷い顔をしてたのだろうか。私は慌てて自分の頬を両手で抑える。

「な、なんでわかるの?」
「俺、鼻が効くんだ。最初に部屋で名前を見た時すごく怒ってる匂いがしたけど、今はもうその匂いがしないから」

…変な子。怒ってる匂いってどんな匂いなんだろう。自分の隊服の裾を嗅いでみたけれど、何の匂いもしなかった。

「それで、話って?」
「あぁ…私恋柱様の継子なんだけど…」

この説明、この数日で何回目だろう。さすがにちょっと飽きてきた。私の雑な説明に、炭治郎はうんうんと頷いて聞いてくれる。いい子なんだな。冨岡さんとはどういう知り合いなんだろう。

「そうかぁ、恋かぁ…恋なぁ…」

う〜ん…と腕組みしながら悩む炭治郎。ものすごく勝手な直感だけど、炭治郎も私と同じ、たぶん恋を知らないんだな。そんな悩んで捻り出でくるようなものでもないだろうし…。それでもうんうんと唸って悩む炭治郎。炭治郎の言った匂いのことはよくわからないけれど、今の炭治郎からは優しい匂いがしているはずだろう。しかしどうしたものか、炭治郎に何て声をかければいいのかこちらも悩んでいると、稽古場の戸がスパァンッと勢いよく開いた。

「そういう時は俺の出番でしょ?!何で忘れちゃうかなぁ?!炭治郎!その可愛いお嬢さんは誰なんだ!!」

物凄い速さでこちらにやってきたその金髪の男の子は後ろから炭治郎に一蹴り喰らわせると、うつ伏せに倒れた炭治郎を気にもせず私の両手をぎゅっと握った。

「恋のことならこの!我妻善逸に!」
「こ、こら善逸…」

鼻っ柱を強打したのか、痛そうに両手で抑える炭治郎。善逸と名乗ったその男の子は私の両手を握ったままキラキラと目を輝かせている。

「俺にもその恋ってやつ教えろ!」

と、今度は私の真上からなんだか野太い声が聞こえる。声のする方を見上げると、真上にいたのは、い、猪?!

「強くなれんだろ?俺にも教えろ、」
「すごい!猪だ!」

私は善逸の手を振り解いて勢いよく立ち上がった。

「素敵な被り物!すごく強そうな猪だね!」
「あ?テメェよくわかってんじゃねぇか」
「私山育ちなの!」
「俺は山の王だ!嘴平伊之助様の名前を覚えておけ!」

猪男こと伊之助は仁王立ちしてふはははと不敵に笑った。ああすごいなぁ!山でのじーちゃんとの暮らしを思い出しながら、伊之助の被り物を色んな角度から眺めていると、足元の善逸が何でそうなるの!と涙ながらに呟いていた。


・・・・


「あ、しのぶさん、お邪魔しました」
「あら名前ちゃん、何か収穫はありました?」
「それが…」

伊之助と山話で盛り上がってしまいましたと恥ずかしながら告げると、しのぶさんは可笑しそうにクスクスと笑った。

「そうですね、二人は境遇が似てますものね」

部屋をぐるりと見渡すと、さっき足を怪我した女の子も、冨岡さんもいなくなっていた。

「冨岡さんならあの後すぐに帰りました。女性隊士の方も怪我は大したことなかったので、先ほど帰しました」

私の目の動きだけを見てしのぶさんは私の考えを見抜いたようで、何か問う前に欲しい答えを返してくれた。重ね重ね恥ずかしい。しのぶさんに全部見透かされているようだ。

「恋について、ですが」
「え…?」
「宇髄さんの仰るように心臓が高鳴って胸が熱くなる恋もあるかと思いますが」

ニコリと笑ったしのぶさんは本当に美しい。恥ずかしさと少しの緊張に、頬が赤くなるのがわかった。

「いつの間にか心に巣食って悪さする恋もあるんですよ」

悪さ…?意外な言葉にその意味を聞き返そうとすると、開け放たれたガラスの窓から鴉が入ってきた。

「名前!任務ダ!北ノ山、北ノ山ァ!」

鳴きながら鴉が私の肩にとまる。どうやら話の続きは聞けそうになかった。

「気をつけてくださいね」
「はい、行ってきます!」
「安心してください。可愛い後輩を泣かせるようなことはさせませんから」

扉を閉めるときに後ろでそう聞こえたしのぶさんの言葉に首を傾げるも、まあそれは次に会った時に、と私はそのまま扉を閉め北の山へと向かった。


(201209)