初恋のわななき

山は好きだけど、鬼狩りとなると話は別だ。だいたい山というのは鬼が複数隠れている。目の前に現れた黒く不気味な影を見せるこの山も、気配を研ぎ澄ますと感じる。

「三つはいるんじゃない?!何で私一人なのよ!」

頭上をゆっくりと旋回する鴉に文句を言ってみてもカァと鳴くだけ。情報によると、昨日この山に入った複数の隊士がまだ下山しておらず、その応援に私が呼ばれたようだ。

ずんずん山を進んでいく。木々が荒れ果てた道にうっすらと人が入った跡。この道を通って他の隊士達は登っていったのだろうか。暗闇の中で蠢く黒い影の一つが近づいてきている気がする。…後ろだ!

「とりゃっ!」

背中からの攻撃を身を翻して交わし、木の枝に飛び移る。その鬼を上から見て私は驚いた。首が複数あるのだ。

「ひいふうみい…九つもあるじゃない!」

大きな体の上に確かに首が九つ乗っかっている。うわぁ、気持ち悪い…。とにかく、あの首のどれかが本物の首なんだろうから、手当たり次第切ってしまおう。そう思い体勢を立て直す。鬼がこちらに背を向けている隙に一番近くの首を一つはねた。のだが。

「嘘でしょ…」

切ったそばから再生してしまった。この鬼、相当な数を喰ってるな。他の隊士は大丈夫だろうか。ああやばいなぁ、残りの二つの鬼もこちらに向かっている気配がする。とにかく早くこの九つの首の鬼をどうにかしないと。そうだ、九つ一気に切ってしまうのはどうだろう?普通の刀じゃ無理だけど、この刀ならできるはず。もう一度木の枝に飛び移り、空中からぐるりと輪をかけるように鬼の首に刀身を巻き付け、力の限り引っ張り上げた。

「…よし!」

狙い通り、一気に鬼の首を締め上げると次々に鬼の首が飛んだ。どうやら真ん中の首が本体だったようで、激しい断末魔と共に鬼の体がボロボロと崩れ始めた。それを見て安心したのも束の間。

(しまった…!)

後ろから別の鬼が来る。着地して体勢を立て直しては背中からもろに攻撃を受けてしまう。嫌な汗が背中を伝ったそのとき。

「名前!」

意外な声の主に驚く。声の方を向く間もなく、私の体はふわりと冨岡さんに抱き止められた。すぐ目の前に冨岡さんの横顔。それがあまりに近い距離で、私は思わず息を呑んだ。冨岡さんの鋭い碧い瞳は鬼を捉えたかと思うと、青い刀身が闇夜にきらりと輝いた。その瞬間にはもう、その鬼の体に首は無かった。

その時私は確かに感じたのだ。その綺麗な横顔、私を軽々と抱き上げる逞しい腕、無駄のない美しい動き。全身が鼓動するようにドキドキが止まらない。宇髄さんの言葉を借りるなら、それはまさしく、全身の血液のぶわーっ!であり、心臓のぐわーっ!だった。

冨岡さんの肩越しにもう一体の鬼が見える。冨岡さんの目がそれを捉えるより早く、私は刀を強く握った。

「…恋の呼吸、壱の型!」
「…は?」

今ならいける、いける気がする!

「初恋のわななき!!!」

冨岡さんごめんなさい!私は冨岡さんの腕をするりと抜け出した。冨岡さんの腕を踏み台にして恋の呼吸を繰り出すと、首どころか体中バラバラになった鬼が夜の山に転がって消えた。

「できた…できたできた!!きゃあ!見ました?!冨岡さん!」
「ああ」
「すごいっ!!嬉しい!!やったぁっ!!」

ああああ!嬉しさが止まらない!!地面に着地してもぴょんぴょんと子どものように跳ね続ける私に、冨岡さんは相変わらずの無表情だ。

「あのですね、あのですね!冨岡さん!」
「一旦落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!!」

特異体質でもない私に恋の呼吸は無理なのかと落ち込むこともあった。でも、今までの辛い毎日が全て報われたのだ。私は思わず冨岡さんの手を取ってぎゅっと握った。

「冨岡さんが私を助けてくれた時、感じたんですよ!ぶわーっもぐわーっも!宇髄さんが言ってた恋の瞬間です!」
「それはお前が俺を好いているということか?」
「はい!!………え?」

私が?冨岡さんを?好、き…?

無表情のまま何言ってんのこの人。私は冨岡さんの手を握ったまま固まってしまった。そして今しがた自分に起きた出来事を反芻する。そう、確かに感じたのだ。宇髄さんに言われた恋の瞬間。私を片手で抱き止めながら鬼を狩る強さと、顔色ひとつ変えない綺麗な横顔。だって、すごく、かっこ…よ、かっ… た。

ボンっと、全身の熱が頭に集まったのではないかというくらい頬が熱くなり、私の顔は昼間の陽光の下だったら真っ赤に染まったのが一目瞭然だったと思う。その熱と共に湧き上がったとてつもない羞恥心に、私は持てる全ての力を脚に注ぎ、冨岡さんの手を放り出して一目散に山を駆け降りた。


(201211)