愛した日

その悲しい知らせを受けて、私は来る日も来る日も泣き続けた。何日経ったかわからない程泣き続け、遂には涙も枯れ果てた時、もう忘れてしまおうと思った。あの燃えるような眼差しも、交わした約束も、全部全部。



「ごめんください」

その日我が家を訪ねてきてのは、市松模様の羽織を着た赤毛の少年だった。羽織の下の隊服ですぐに鬼殺隊だとわかった。ぞんざいに扱うこともできず、家の奥の間へ通す。少年は竈門炭治郎と名乗った。

「突然すみません。この簪、名前さんのものですか?」

炭治郎くんが懐から取り出したのは赤い簪だった。見覚えのあるその簪は、前に私が杏寿郎さんに渡したものだった。あの日の杏寿郎さんの優しい顔が浮かぶ。何か君のものを持たせてくれないだろうか、出来れば君がいつも身に付けているものがいい、と。私は髪から簪を渡して杏寿郎さんに渡し、杏寿郎さんは満足そうに笑った。

「千寿郎くんに聞いたら名前さんのものじゃないかって」
「千寿郎くんが…」
「手紙がついていたんです。それでどうしてもお渡ししたくて」

簪に結ばれた小さな紙。解く指先が少し震えている。

生まれた時から煉獄家に嫁ぐのが私の定めだった。初めて会ったのは十五の時だっただろうか。真っ直ぐに見つめられて気恥ずかしかったのをよく覚えている。だけど、その目が人を想う優しさで溢れる目だと知った時、どうしようもなく心が惹かれていくのがわかった。只々この人の伴侶になれることを、心の底から嬉しく思った。

広げた紙に書かれていた強く真っ直ぐな文字。ああ、杏寿郎さんの字だ。その字をそっとなぞる。

“君が俺を想う時、空を見上げてほしい"

私はずっと我慢していた。本当は寂しかったし、もっと会いたかった。だけど、いつも誰かの為に闘う貴方に、そんなことは言えなかった。そんなことを言ってしまっては、貴方の隣に立つ人として相応しくないと思った。あの日の別れ際、杏寿郎さんの裾を引っ張って何も言えなくなった私に、杏寿郎さんは優しく言ってくれた。寂しくなったら空を見上げるといい。俺もそうする。二人が見ている空は、いつも繋がっている。

“俺はそこにいる”

枯れたはずの涙が溢れて手の甲に落ちる。どうして忘れることなど出来ようか。閉じ込めていたはずの想いが涙になって次々と溢れ出す。杏寿郎さん、私は貴方が大好きだったんです。定めだろうが何だろうが、心から愛していたんです。杏寿郎さんが今の私を見たら、困った顔をするでしょうか。それでも私はきっと、泣いてしまうと思うのですよ。



「炭治郎くん、今日は来てくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ!手紙、渡せてよかったです」

私が泣いている間、炭治郎くんは黙って見守っていてくれた。優しい少年なのだなと思った。炭治郎くんの刀の鍔を見て、杏寿郎さんの想いはちゃんと受け継がれているのだと思った。

手を振る炭治郎くんを見送りながら、私は空を見上げた。

そこにいてくれてるんですよね?杏寿郎さん。

例え涙が溢れてしまっても、背筋を伸ばして真っ直ぐと。いつだって貴方に相応しくあれるよう、私も前を向いて生きていきます。


(201217)