君と僕の間に、降り積もる時間と何か

かささぎの 渡せる橋に おく霜の
白きを見れば 夜ぞ更けにける




「困ったわ、本当に」

昔、亡くなった人の魂はみんなお空に昇って、夜空に輝く星になるのだと教わった。もしもそれが本当ならば、一等輝くあの星は一体誰の魂だろう。視線を落とした先には赤く傷だらけの自分の両の手があって、思わず深いため息をついた。

一時はどうなることかと思ったけれど、様々な人のおかげで義勇さんは元の生活が送られるまでに回復した。鬼の始祖がいなくなった、冬の終わりのことだった。

「何が困るんだ」

義勇さんが足音を立てなかったのか、私が気づかなかっただけなのか、縁側に腰掛ける私のすぐ隣に義勇さんはいた。名残雪の降る静かな夜だというのに。しんしんと降る雪はそこだけ切り取れば音のない世界のようだった。

「寝てなくていいの?」
「夜は目が冴える」
「わかる気がするわ」

私は、正直に言ってしまえば、一生を鬼狩りとして生きていくのだと思っていた。長くは生きられないとも思っていた。そしてこの命が尽きたとき、ほんの少しでも義勇さんが悲しんでくれたら、なんて浅ましくもそう願わずにはいられなかった。

だけどどうだろう。現実とは、運命とは皮肉なものである。私は鬼殺隊隊士という肩書きを失いただの女になってしまった。義勇さんはそれ以上にたくさんのものを失った。それなのに義勇さんはよく笑うようになったから、なんとも不思議な話だ。

義勇さんは、膝の上に重ねていた私の両手を優しく握ってくれた。私が悲しいとき、苦しいとき、義勇さんはいつもそうしてくれた。だけど武骨で大きな右手はもうない。左手だけで私の両の手をすっぽりと覆ってしまった。

「何がそんなに困るんだ」
「だって義勇さん、私ちっとも上手く出来やしないの」

刀も包丁も同じ刃物なんだから、私にだって料理の一つや二つと甘く考えていたのがいけなかった。最初の日は米を炊くだけで精一杯で、白米とお新香だけの食卓を泣いて詫びた。見兼ねた義勇さんが次の日七輪でめざしを焼いてくれた。昨日作った煮物は味気がなくお世辞にも美味しいとはいえなかったのに、品数が増えたと義勇さんは喜んでくれて、作った分全てを平らげてくれた。

料理だけじゃない。洗濯掃除その他雑用、朝から晩までやることだらけで、まだ刀を振るっていた方がマシだと思える程だ。これを世の女子はみんな平然とやってのけているのだから、全くもって頭が上がらない。

「花嫁修行でもしておくんだったわ」
「…」
「笑わないで、真面目なのよ?」

喉の奥でくつくつと可笑しそうに笑う義勇さんに眉を顰めると、義勇さんは悪いと一言。そしてご機嫌を取るみたいに私の髪を優しく撫でた。

「名前はよくやっている」
「甘やかさないで」
「俺は一緒にいられればそれでいい」

もしも願いが叶うのならば、私はこの右手を義勇さんに上げたい。私の残りの寿命も半分義勇さんに上げてしまいたい。そうやって楽な方にばかり考えてしまうからいけないのだろうか。

「ここは寒いから、部屋に戻ろう」

義勇さんはそう言って立ち上がり縁側の硝子戸を閉めた。硝子戸の向こうではまだちらちらと雪が舞っていた。

「今日はおんなじお布団で眠りたいの」
「相分かった」

少し先を行く義勇さんの左手を捕まえてそう言うと、義勇さんは優しく返事をくれた。子どものわがままみたいな戯言を、義勇さんはどう思っているんだろう。義勇さんといると、私は大人でありたいのか、子どもに戻りたいのか、よくわからなくなってしまう。

朝になって乱れた髪のまま部屋の襖を開けて外を見ると、まだ昨日の雪が僅かに庭の端に残っていた。その僅かな雪が陽の光を浴びてあまりにもキラキラと輝くので、昨日の夜の空から幾つか星が落ちてきてしまったのではないかと、本気でそう思ってしまった。


(210503)