いぬが2匹(降谷)


「ハロちゃん〜ご飯ですよ〜!」
「ワン!」

降谷さんが、突然犬を飼い始めてから2週間。最近ハードな現場や日々徹夜での後処理が続いていた私にいよいよ休暇命令が出て、ついでにうちの犬の世話をしろと合い鍵を受け持ったわけだけど、これってもはや仕事なのでは?とも思い始めた。

でも想像以上にわんこもといハロちゃんは超超いい子で癒しそのもの。休暇を頂いても寝潰して終わってしまう私にとってはほどよく散歩もでき、ほどよくお昼寝もできることがとてもいい休日感を感じているのでまあよしとする。

「ハロちゃーん、おいで〜。」
「ワン!」
「あああ可愛いねえ…もういっそうちの子にならないか〜。」
「ワン!」
「え、今ワンって言った!?え、うち来る!?」
「ワン!」
「ええええ!!」
「…お前大声で何喋ってんだ。」
「うっわああ降谷さん!!」
「ワン!」

私は寝っころがっているところ音もなくリビングに入ってきた降谷さんに全然気が付かなかった私は何ともだらしない態度をしていたと思う。すぐさま体を起こしてすみませんっと言いながら降谷さんの元に行く。ハロちゃんも降谷さんの足元で本当のご主人様に会えて嬉しそうだった。

「くくっ、犬が2匹。」
「っハァ!?」
「ただいま、ハロ。」
「ワン!」
「え、今日業務はどうされたんですか?」
「午前中で終わらせてきた。この後は緊急の招集がなければ俺も休暇だ。」

そう言いながらハロちゃんと引き連れて寝室に入って行ってしまった降谷さんを後に、私はぽかんと立ち尽くすばかり。最初に言っておくが、私と降谷さんは只の部下と上司でそう言う関係では全くない。ただ上司に犬のお世話を頼まれたからここにいるため、降谷さんがいるなら私ここにいる意味ないんじゃないか?と思い始めた。

またあの暑い炎天下の中家に戻らなくてはいけないのか…と思うと少し憂鬱だったけど仕方ない。私は借りたコップを洗い、帰る準備をしていると部屋着に着替えた降谷さんがリビングに戻ってきた。

「何してるんだ?」
「え?あ、いや帰ろうかと。」
「は?」
「…え、と?」
「別にお前帰っても寝るだけだろ。」
「うっ…そうですけど。」
「じゃあここにいればいいじゃないか。」
「はい?」
「そもそもお前泊まっていいって言ったのに毎度毎度帰ってるんだろ?このクソ暑い中。」
「…いやだって休みの日くらいソファじゃなくて家のベッドで寝たいですよ。」
「俺のベッド使えばいいだろう。」
「いやいやいや。使えないですよ、上司のベッドなんて。」
「……。」
「それに降谷さんがこちらに戻ってくる可能性だって十分にありますし、私が居たら邪魔でしょう。」
「別に。」
「……ゴホン。まあ、えと、ほら降谷さんも久しぶりの休日ですよね!ハロちゃんも多分降谷さんと遊びたいと思うので、私はこの辺で、」
「何が食べたい?」
「…へ?」

降谷さんは私の言ってることなんてまるで聞こえていないかのように、脈絡のない質問を振りかざす。切り替えがうまくできない私の思考回路は止まり、何も答えずにいると冷やし中華でいいか?と問いかけられた。いや夏かよ。

「え、いや私は、」
「食べないのか?冷やし中華。」
「……えー…。」
「冷やし茄子煮浸し、生ハムとレモンの冷奴のせ。」
「っぐ、」
「デザートはお前が好きなレアチーズケーキだ。」
「いただきます!!」

くっそー、食べ物で釣られたと思いつつ朝から何も食べてなかった私にとって十分なエサで、荷物を再び椅子に置くと降谷さんは楽しそうに笑ってキッチンに立っていた。くそ、無駄に顔がいいから映える。インスタ映えだ。インスタ映え上司だ。


「何かお手伝いしましょうか?」
「あーじゃあこれ切ってくれるか?」
「了解です。あ、ハロちゃん!危ないからあっち行ってなね!」
「ワン!」
「ハロちゃん、何でもよくお返事するんですよ。」
「へえ。だからさっき一人で喋ってたのか。」
「一人じゃないです、ハロちゃんに喋ってたんですよ!」
「あーはいはい。」
「…降谷さんだってお話しますよね、ハロちゃんと。」
「…まあ、するけど?」
「何お話されるんですか?」

気になる。上司がハロちゃんという犬だけにお話しすることが気になる。お仕事の愚痴とかするのかな。ハロちゃんすごいな。興味津々と降谷さんの言葉を待つと、また降谷さんはふと笑みを零した。いつもは当たり前だけどすごい血相してあーだこーだと罵声を浴びせてくるため、そのギャップが凄い。というか顔がいい。

「気になる?」
「…んー…気になりますよ。」
「じゃあワンって言って?」
「…はい?」
「お前がワンって良い子にしてたら言ってあげるよ。」
「……何つープレイですかそれ。」
「可愛いもんだろ?」
「いやいやいや!私の人権奪わないでください!」
「じゃあ教えない。」
「…ワン。」
「くくっ、ほん、っとに言った、あはは、」
「〜〜もう!!言いましたよ!言ったんですから教えてくださいよ!」
「辻川は可愛いなあ。」
「っハア!?」
「辻川が本当に、可愛くて仕方ない。」
「っ〜何言って、」
「だからいつもハロに言ってること。」
「……、な、」
「辻川は少し褒めると尻尾振って喜ぶところがお前に似てるんだよ。逆に叱るとしょぼんとするところがまた可愛くて、どうも口出ししたくなるんだ。」
「ふ、降谷さ、」
「少し距離を詰めて話すと肩が一瞬震えて緊張が走るところも初心で可愛い。あと、」
「もういいです!!」

私は茄子を切り終え、キッチンから逃げるように退散しソファに座って体育座りで顔を埋める。こんな真っ赤な顔、見せられない。何これ、ほんと恥ずかしい。無理。上司からの新手のいじめにプチパニック状態でいると、心配してくれてるのかハロちゃんが足元にきてクウンと鳴いている。

ゆっくりと顔を上げると、降谷さんが目の前にいて思わずひっと声を上げ仰け反ってしまった。

「辻川。」
「は、はい!」
「俺がただの部下を家に呼ぶと思うか?」
「…は、はい…?」
「気のないやつには鍵を渡したりしないんだよ。」
「…え、まってください。私すっごいわからないんですけど、もしかして降谷さんって…私のこと、お手伝いさんとか何かかと思ってます!?」

そう言えば降谷さんはきょとんとした後、ハーッと大きく息を吐き、ここまで鈍いとはと言葉を洩らした。そして気が付けば顎を引かれ、まるでキスしてしまいそうな近さまで顔が近づいた。先ほど火照った頬が落ち着いたのにまた赤くなってしまいそうだ。

「ち、ちかいです降谷さん!」
「そうだな。」
「え、なんですか私の顔に何かついてるなら鏡とか、」
「いい加減俺を見ろ。」
「へ?、っ!」

目を合わせた瞬間、私と降谷さんはゼロ距離になり、その綺麗な顔で目の前がいっぱいに広がって唇には柔らかい感触があった。今、降谷さんとキスしてる…?私は直ぐに降谷さんの肩を押し返して抵抗をした。

「ちょ、っと!な、何やってるんですか!」
「…何って、キスだけど。」
「そ、そそそういうことじゃなくて!何でしてるんですかぁ!」
「分からない?」
「っ…分からない、ですよ。」
「…じゃあ分からせてやらないとだなあ。」

その後降谷さんからの猛烈アピールにハロちゃんを連れて逃げるのは数秒後のこと。