アラーム音により目が覚めると、当たり前だけどベッドを独り占めして眠っていたようだった。昨日の夜、安室さんが私をベッドに移動してくれて「君が嫌いな安室透」と勝手に仮定されたからそれは拒否したのに「子供は早く寝なさい」と部屋を出て行かれてしまった。
本当に安室さんのことは嫌いじゃない。寧ろ、おにいちゃんのことで一歩前進できたのは安室さんのおかげだし、感謝してる。ただのバイトの同僚、というには違って認めたくないけど近所のいいお兄ちゃん的なポジションだと勝手に思ってる。
「おはようございます。」
「あ、おはようございます…安室さん、早いですね。」
「後15分で出ますけどみのりさんはどうします?無理であれば駅までのタクシー代出しますけど?」
「えええ!!15分!?ちょ、だ、ダッシュします!」
どうやら予定以上にベッドでだらだらしてしまったようだ。私は焦って着替えをし、顔を洗って髪だけ整えもう化粧は諦めて5分の猶予を残して安室さんの前に再び戻った。
「だ、大丈夫です。」
「ふふ、じゃあ車で行きましょうか。」
「はいっ」
「あ、これよかったらどうぞ。」
「えええ!おいしそうっ!」
これはお店でも大人気の安室さんが作るハムサンド、通称あむサンドだ。私はあむサンドを手に取り、頬張りながら車に乗った。
「美味しいですっさすがあむサンド…。」
「あむサンド?」
「安室さんが作るハムサンドだからあむサンドです。」
「何ですか、それ。」
そう言って笑った安室さんは、よく見ると普段見慣れないスーツを着ていた。やはり今日は探偵の仕事なんだろうか。
「安室さん、今日はスーツなんですね。」
「ああ、そうですね。」
「お兄ちゃんもスーツ着てるのかな〜。」
「…それは僕には分かりませんね。」
「ふーん。」
「みのりさん、今日はシフト入っていませんよね?何をされる予定なんですか?」
「え!?あー私は…え、とドライブです!」
「ほう、彼氏とですか?」
やばい。タクシーの運転手と貴方の車を尾行する予定ですだなんて言えたもんじゃない。でも私は車を持ってないし運転免許もないから言い訳をするにもそれが1番いい気がした。
「そうです。」
「いたんですね、彼氏。」
「ま、まあ。」
「どういう人ですか?」
「えーっと…お兄ちゃんみたいな人、かな?」
「ホー…じゃあ僕とは正反対ということですね。」
なんだろう、少し安室さんの機嫌が悪い気がした。何かイライラしてる?
「あ、でも安室さんのこともちゃんと好きですからね!嫌いじゃないですよ!」
「……。」
「だって安室さんはお兄ちゃんのことを見つけてくれた言わば私の神様的な存在で、安室さんがいなかったら私はあのまま何年も年を重ねてお兄ちゃんが生きているかも分からない状態が続いたかもしれないし、安室さんは私とお兄ちゃんの「黙って。」
いつもニコニコとしていた安室さんは、そこにはいなかった。車のエンジン音だけがやけに響いて、私は思わず目が泳いだ。
「あ、あの、」
「黙って、って言ったの分かりませんか?」
「…安室さん、なんでそんなに怖い顔してるんですか。」
「……。」
「ご、ごめんなさい。私、安室さんと喧嘩したいから話してるんじゃなくて、あの、仲直りしたいしこのままお別れしてバイトで気まずいのも嫌だし、それにお兄ちゃんのことでまた相談もしたいし、」
車が路肩で止まった。あまり人通りのいない道だ。どうしよう、もう降りろってことなのかな。何でこんな風になってしまったのか頭をフル回転させていると、急に安室さんに顎を掴まれた。そしてそのまま流れるようにキスをされた。
キスを、された。
「!?ふ、ぁ、む、んんっ、」
一度離れたときに近距離で見えた彼の目に映った自分が想像している以上に情けなく強張っていて、そんな姿を見てか安室さんはもう一度唇を重ねた。
言わずともファーストキスだったそれは、私の想像していたキスとは全然違くて、もはや食べられてしまうのではないかと思うほど。酸素が足りず、口を開けばぬるりと自分のものじゃない舌が入ってきて私のものを逃がさんとばかり絡み付いてきた。時に歯形をなぞるように、まるで生き物のように動くそれから逃れられない。
なんだ、なんだこれ。私は自分からでる甘い声も、息遣いも、目の前にいる安室さんも知らない。急に知らない世界に放り込まれたようになって、怖くて、目から涙が出てきた。すると安室さんはそれに気が付いたのかようやく離してくれ、二人の間を銀色の糸がひいた。はしたないほどに唾液も口から出て、もうぐちゃぐちゃだ。
「っ、ひ、どいっ、っなん、で 」
「……。」
「あ、むろさんの、アホ!」
「まっ、」
私は今日の尾行作戦を中止とし、車から飛び出して駅まで走った。もう安室さんなんて知らない。安室さんなんて、嫌いだ。
って、言いたいのに。大概安室さんのことが、私の中でどんどん大切な存在になってることに、今更ながら気が付いてしまった。