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「ふりゅあさあん」

お店を出るころには辻川は完全に泥酔し、一人では歩けないほどになっていた。沢山食べると言ったのは本当だったらしく、どんぶりいっぱいのご飯にとにかく肉を美味しい美味しいと言って食べていた。ちなみに最初の1杯以外酒を飲むように強要した覚えはない。

あんだけ食べてるのに、背中に乗せた彼女の重みは全くなくて、これ爆弾処理に使う器具の方が重いんじゃないかと疑うほど。でも背中から感じる温かさに日ごろの緊迫とした状況から解放されるほどの安心感を覚える。

彼女を車に乗せるも、さすがに部下の家を覚えているほど俺の脳に隙間はない。さて、どうするものかと考えるけど、どうするも何もホテルにしたってうちにしたって#a#を連れて帰ることには変わりない。ならばと思いそのまま自宅へと道を進めた。


辻川を初めて見たのは、安室透としてポアロで働いているとき。最初は思い込みかと思っていたけど、毎朝その目は安室透を追っていて、何だかその姿がまるで高校生かのようなのに身に纏ってるのはスーツだから、そのギャップが目を惹いた。やっと来店したかと思えば、熱いであろうコーヒーを一気飲みしてこそこそと店を出て行った姿も面白くて笑ってしまった。

彼女を見ると、どうにも自分のネジが緩むことが多々あった。存在自体が自分のツボなのかもしれない。店の前で話すも顔を赤くして分かりやすい彼女に癒された。彼女の前では少し日々のことが忘れられた気がした。

だから風見からあの時のことを聞いたときは凄く動揺したのを覚えてる。

「降谷さん、警察内のこの男の部署はご存知ですか?」
「…なんだこれは。」

風見から見せられたのは女を襲ってる様子が映し出される男の姿。横顔でしかその顔は分からないが、女の方ははっきりと写っている。しかもそれは俺が良く知る人物だった。

「先日報告書を提出した後に普段使われていない会議室が不自然に開いていたから気になって入ったら女性刑事が襲われているのを見つけて、問い詰めようとしたんですが逃してしまいまして。その女性もかなり傷心していたのでそのままにしておくわけにもいかず追うことができなかったので調べようかと思いまして。」

写真に写ってるのは、間違いなくあの辻川みのりだ。いつも笑顔で、顔を赤くして話をしてくれる…純粋無垢な彼女だ。

「これはいつの物だ?」
「え?あ、確か1週間ほど前の物かと。」
「なぜ直ぐに犯人捜しをしなかった。」
「あ、…申し訳ございません、例の件でばたついていたので終わったら対処しようかと、」
「この写真、俺に転送しろ。そして写真を消してくれ。この案件は俺が引き継ぐ。」
「え?降谷さん、明日から関西じゃ、」
「こんなこと2時間以内にできる。」
「…しかし降谷さんが直属にやるような案件じゃないので私が、」
「上司からの命令、聞けないのか。」
「っかしこまりました。」

今は虫の居所が非常に悪い。この男を直ちに見つけ絶対に消してやる。俺は警察庁のデータを調べ、その後すぐにこの男を見つけ出すと公安である俺からは何も伝えられないため直属の1番上に属する者に告げ、本日付けで消えてもらうよう指示をした。

俺はその足で第三フロアの地下室に行き、このイライラを収めるべく著書を読み進めた。ここは人があまり来ないため、俺がここに引きこもりがちなのは公安の者ならよく知っていた。

扉が開いた時、風見が迎えに来たかと思い声を掛けると、予想外の声が響いた。

「あ、いえすみません。特別許可書を得てこちらにある資料を取りに来ました会計課の辻川と申します。」

この瞬間、ああ本当に彼女だったんだと確信させられ彼女の痛みや悲しみを思うと自分の不甲斐なさを感じた。あんなことがあったのに、どうして彼女は俺の前で何もなかったかのように笑っていたんだろう。

俺の姿を見たときの彼女の動揺っぷりはいつも見る姿で、会計課と言ったが本当に警察が勤まるのか俺には理解し得なかった。できることなら警察なんて仕事辞めて普通のOLでいてほしい。そうすれば彼女が危険な目に合うこともなくなる。

説得するも、彼女は頑なに拒否をする。両腕を掴んで追いやっても微かな抵抗は男に通用しない。きっとあの時もこうだったんだろうなと思うと下唇を噛んだ。国のためにじゃない、まずは自分の身を守ってほしい。そう伝えたいのに、彼女には伝わらないもどかしさに俺は彼女の唇を奪った。これじゃあの男とやっていることが同じじゃないか。

それでも焦がれていた相手にこう繋がってしまうと、自分の熱は収まるどころか早くなる。肩で息をして、足ががくがくと震えている彼女が目に入った時、俺はようやく我に返った。

「…腕が使えないなら足があるだろう。もっと抵抗しろよ。」

そんな最低なこと、安室透ならきっと言わない。


「今だってそうだ。怖い、やめてと泣けばいいだろう。」

もっと他に言い方があるのに、降谷零という人間は自分が思ってる以上に口下手だった。

「泣いて、どうなるんですか?」

そう言った彼女の言葉は冷たかった。きっと前に起こった時、嫌だと言って泣いたんだろう。その時にきっと男にそう言われたんだろう。

俺は胸が痛くなった。

別に彼女のことを説教する気はない。でも小さくて細くて、あどけない彼女を見る限りこの世界はどうも不釣り合いだ。そう思っていたけど、彼女の意志は強かった。

「…でも、私はこの国を守って死んだ父の想いを、死を無駄にするわけにはいかないんです。だから、安室さんになんて言われようと、私はっ、」
「だから降谷だって。」
「……。」
「ハー…分かった。お前がいかに本気で警察やってんのかは認める。…けど無理をするな。」

そう言えば辻川は先ほどより目をうるうるとさせ俺を見つめた。こういう表情をされては、俺も何も言えなくなる。女はずるい生き物だ。

そして謝りながら彼女の腕を掴むと、先ほど俺が結構力を込めて掴んだため赤く痕が残っていた。簡単に右手が1周回ってしまうほどの細さ、よくあんだけ力を込めても折れなかったものだ。

「腕、こんなになるまで掴んで。あとキスも。…無理やりしてごめん。」
「い、いえ…大丈夫です。」
「…君のことは知ってた。ポアロの前を通るたび、チラチラ見てきて、話しを掛ければ顔を赤くさせて分かりやすい人だと思ったよ。」
「っ…、」
「でも部下から君のことを聞いて、正直驚いた。そんな素振りも見せなかったし、それに気が付いてあげられなかった自分自身にも腹立たしかった。」
「そん、な。」
「柄にもなく一人の人間を、守りたいと思ってしまったんだよ。」

自分がこんなことを第三者に言うと思わなかった。そもそも公安という仕事を始めてから大切なもの、守りたいものを作らないようにしていたんだ。失ったときの悲しみを、もう味わいたくないから。帰る場所なんて無くていい、前に進む道があるのなら。

そう思っていたのに、忽然と現れた君がどうしようもなく気になるんだ。

「降谷さん、私にも、あなたを守らせて頂けますか?」

正直、この言葉に俺は完全に落ちたんだと思う。

それから辻川をうちに入れて、風見に監督を頼みながら公安の業務に就かせた。風見から報告を受けるごとに、ちゃんとやってることに安心した。

そして久しぶりに会った今日、あのおどおどと話していた姿はなく、相変わらず警察っぽくない風貌だけど頑張っていた。目の前で寝ている彼女が愛おしい。

俺は少しの時間、彼女を見つめ、頭を撫でてから布団を掛け眠らせた。手を出したい気持ちを殺し寝室を出て行った。

その日はソファで眠ることとした。