部下は可愛いほどに不器用


「…降谷くん。」
「…はい。」
「…泣いていたな。」
「…泣いていましたね。」
「泣かせたのは君か?」
「…どうでしょう。」

正直に言う。何故あの流れで辻川が泣いたのかは分からなかった。「彼女がしたいというのであればいい。」その回答は俺の強がりだ。でもさすがに理事官の前で彼女は俺にとって癒しであり守りたい甘やかしたい最愛の子だとも言えず、この場を受け流そうとしていた。それにこういえば「降谷さんの方が年齢的に早く結婚した方がいいの分かってます?」とか「まあ降谷さんには関係ないですけどね。」と冷たく罵るシーンだろう。

何故、彼女は泣いたんだ。


「私はあの子が可愛くて仕方ない。」
「…私もですよ。」
「ああ。それは重々わかっている。だから、あの子を苦しめるものはなるべく無くしたいと少なからず思ってるんだよ。例えば結婚に悩んでいるなら相手を見つけてやるし、働くにあたって上司に変なことをされたら移動だって考えてあげられる。」
「……。」
「それほどまでに、可愛がってるんだ。」
「…はい。」
「降谷くん、でも君も私にとっては誇らしく可愛い部下なんだよ。…だからどうか、彼女を大切にしてあげてくれ。」
「はい、勿論です。」
「じゃあ行くがいい。追ってやらねば息子を紹介する話、本気で進めるぞ。」
「直ぐに行きます。」

グラスを置き、直ぐに立ち上がると先ほどまで相手していたシステム課の名も忘れた女性が「降谷さん、行っちゃうんですか?」と声を掛けてきたが、気にせず襖を開け騒がしい広場から抜けた。

トイレと言っていたが、本当だろうか。とりあえずその付近に行くと、その奥にある自販機が並ぶスペースに辻川の姿があった。もう泣いてはいないようだけど、その顔はどうにも浮かない顔をしていた。

「さっきのは何だ。」
「…怒りに来たんですか。」
「別にそういうわけではない。ただ俺は心配で、」
「私のことなんてどうでもいいくせに。」
「…何?」
「結婚したっていいんでしょ。てかなんすか、今までうざいくらいにちょっかい出してきたの何なんすか。新手の嫌がらせだったんですね。質悪い。」

怒っている、というよりは拗ねてるように見えるその感情は、今更何を言っても可愛いとしか思えなかった。こいつ、気づいていないのだろうか。こんな顔して、俺に気がないというのであればこいつはあれだ。アカデミー女優:辻川みのりだ。

「お前、…ほんっと可愛いな。」
「っハア!?」
「俺に結婚進められてショックだった?」
「べ、別にそんなんじゃないです。」
「へえ。じゃあシステム課の女子と話してた俺見てどう思った?」
「…へらへらしてるなあって思いました。」
「他には?」
「……言いたく、ありません。」

ああ、ダメだ。またそんな赤い顔して俺のことを試しているのか。でもそんな挑発受けて俺は黙っていられるほど中途半端な気持ちで辻川のことを好きになっているんじゃない。

俺はそのまま辻川を自販機に詰め寄り、両腕をついて行く手を阻む。ビクビクと見上げるその目に映る自分はまるで狼で、怯えるこの子犬をどうやって食おうか考えるのが楽しくてにやけが止まらなかった。