いざイランへ
今日から始まる、テヘランで8日間によるアジア選手権。出場16チームが予選リーグで総当たりをし、最終的に勝敗による勝ち点を争うワールドカップ前最後の大きな大会だ。試合2日前から現地入りをしているけど、みんなのコンディションも悪くはない中で緊張感がかなり漂っていた。それもそのはず、今回はこれまでテレビで湧かせてきたベテラン組がかなり減り新しいチーム、新しい人員での戦いになる。ここ数ヶ月、ワールドカップでその新チームにがっかりさせないために力をつけてきたのだ。今回の大会の重要さも、その先もきっとみんな目に浮かんでいるんだろうな。この緊張感が裏目に出ないといいけど、そう思いながらも開会式が始まった。
「今日のスタメンは……なるほど、」
「ベンチメンバーには直ぐに出られるようにウォームアップ多めにしておくよう伝えといてくれ。」
「はい。」
アタッカーは安田さんを筆頭にベテランから中堅、また若い世代からは牛島さんの起用。セッターは及川さんがスタメン起用となり、本日控えには佐藤さんと影山さん。宮さんはレギュラー落ちでサポートメンバーに入っていた。あれだけ貪欲で上手な人でもレギュラーには落ちる、勝負の世界はそういう世界なんだ。場内にスタメンが発表され選手がコートに入っていき、控えメンバーの元へと私は声を掛けに向かった。
「直ぐに入る可能性も十分にあります。皆さんアップは多めにしておいてください。」
「了解。」
「辻川ちゃん、爪切りある?」
「あります、お待ちください!」
ピーッと始まりの合図が聞こえる。今日から長い、長い大会の幕開けだ。
「お疲れ様です、皆様バスへ。」
「お疲れ辻川ちゃん、明日もよろしくね。」
「安田さん!今日もナイスプレーでした!」
「ありがとう。」
「お疲れ様です!こちらです〜!」
選手をバスまで誘導し、全員入ったことを確認すると体育館を後にした。体育館からほど近い場所のホテルに着くとそれぞれケアが必要な人は担当者と一緒に行き、私は阿部さんに各選手の報告をしているとすみません、と影山さんから声を掛けられる。
「どうした、影山。」
「あ、いや辻川、サンに。」
「?どうしました?」
「あ、あー後で少し時間いいすか?」
「……了解しました、後で伺いますね。」
「うす。」
わざわざこうやってくることは珍しい。何かあったのかな、と少し心配になると阿部さんに影山はみのりに懐いたなあとにやっとして言った。
「あはは、最初はどうなることかと思いましたけどね。」
「難しい奴だからな、うまくやってるようでありがたいよ。」
「よかったです。」
「じゃあ明日は今日と同じスタメンで、朝のチェック終わったら連絡よろしく。俺と監督は先に体育館の方に行ってるから何かあれば。」
「了解しました。よろしくお願いします。」
「じゃ、影山明日もスタメンじゃないからすねるだろうし子守り頼んだよ。」
「ふふ、はい。」
私は阿部さんと別れ携帯のチェックをすると影山さんから部屋番号の連絡が入っていた。一応私マネージャーで部屋割りも私がやってるんだけどな…と思いつつ影山さんの部屋の前までくるとノックをして名前を言った。
「あ、お疲れ様です。」
「っす。入って。」
「は、はい。」
何だろう、ちょっと元気ない…?私は言われるがまま影山さんの部屋(今回は全員1人部屋)に入るや否や真正面から抱きしめられる。不意打ちすぎて思わずひっと小さな悲鳴が漏れてしまったけど何も言わない影山さんに私は背中をぽんぽん、と撫でる。
「どうしました?」
「……悔しいんだ。」
「……そうだね。」
「試合に出てえ、もっと。もっと、活躍してスタメンに迷いなく選ばれたい。」
「じゃあそのために影山さんが今すべきことは何だと思いますか?」
「……れ、」
「んしゅ〜以外に。」
えー…と言いながら体が離れ影山さんは真剣に考えていた。きっとこれも強い向上心から来る行動なんだろうなあ、と思うと若い世代の伸びに今後も期待せざるを得ない。私はニコニコとしていると影山さんは口をツンと尖らせて何だよ、と言った。
「ふふ、教えてあげますね。今影山さんが出来ることは分析することです。」
「……分析。」
「相手のチームがどうくるかだけじゃなく、味方の同じポジションの人、それ以外の人もどうくるのか分析をして、想像をするんです。それもあやふやな想像じゃなくて、より現実的に。これが外れたら何点入って、サーブが誰に回って…って。分析をしながら正確に想像をすることで、その想像はいつしか脳に焼き付いて現実になった時に思い出されるんです。」
「……………」
「だから早く出たい、そう思ってるだけで外にいたらもったいない。想像して、分析してください。あなたの目の前には日本代表で、世界と戦うチームです。ハイレベルな選手を間近で観察できるなんて恵まれてますよ。」
影山さんはそれを聞くと先ほどのような元気のない表情は消え、いつもの練習のときのようなギラギラした目になった。何とかモチベーションも上げられたようでマネージャーとしての役目は恐らく果たせただろうと思い、じゃあ行きますねと言って彼に背中を向けたらあ、と言いながら影山さんは私の腕を掴んだ。
「?まだ何かありました?」
「あ、いや、えっと……」
「…?影山さん?」
「き、」
「…き?」
何を伝えたいのかもう一度声を掛けようとしたとき、影山さんは私の頬に手を添えそのまま唇を合わせてきた。へ、と声を漏らすとそのままもう一度重ねて間もなく深いキスへと変わり舌が絡み合い息苦しさに吐息が漏れると影山さんは突然バッと離れた。影山さん?と名前を呼ぶと顔を真っ赤にさせてごめん、と言って私に背を向ける。別にキスに関して嫌だなんて思ってないし謝らないでほしい、と言いたかったけどきっと目の前のリンゴくんは今いっぱいいっぱいなんだろうなあと思い頭を撫でた。
「明日もよろしくお願いします。」
「……っす。」
「ゆっくり休んでね、じゃあおやすみ。」
「…オヤスミナサイ。」
私は部屋を出て誰かいないかきょろきょろと周りを確認しながら自分の部屋まで戻った。
next.試合終了、帰国